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詩と読みものReadings

ホームページを開設しました

向坂くじらです。ホームページを開設しました。
これまで、ウェブ上の発信はTwitterが主で、まとまった(140文字以上の)文章を載せたいときにはブログやnoteあたりを使ってきたけれど、またウェブマガジン上でエッセイを連載させていただいたりもしたけれど、いつからか、文章や詩を発表するための自分の場所がウェブ上にほしいと思うようになった。
自分が公開した文章がウェブ上にアーカイブされるのはうれしい。けれども、それがプラットフォーム側のサービス終了で簡単に消えてしまうことには危機感を覚える。その危機感が、企業が運営しているにすぎないあるサービスへの依存につながるのはいやだ。それから、いまWeb上では動画や音楽が無料で公開されまくっていて、良くも悪くもかもしれないけれど、ともかくたくさん消費されているのがうらやましい。広告収入は入らないとしても、詩でもそれをやってみたい(これに関しては、「Crossroad of word」「抒情詩の惑星」など、わたしも好きなWebサイトもすでにいくつかある)。
そしてなにより、書く形式のことだ。書く以前の思考のこと。一億総発信時代なんていわれる今、誰でも無料で、すぐに、書いたものを発表することができる。わたしも書くワークショップやなんか作っていて、多くの人がふらっと(スマートフォンで写真を撮ったり、鼻歌うたったりするように)書くようになる、というのはよいことであると思っている一方で、このところ、書くためのプラットフォームのほうに言葉が規定されているようなのが気にかかる。”バズる”ことを第一としたつまらない文章ばかりが書かれるようになる、というのもそれはそれで課題であるとして、それ以前の、言葉になるにいたるまでの思考のほうが、「Twitter投稿的な思考パターン」「note投稿的な思考パターン」というものに侵食されてくるように思える。
わたしはTwitter中毒の十年選手なのであんまりTwitterを悪者にしたくはないけれど、長い文章を読み書きする時間がないときに片手間でTwitterばかり見ていると、考えごとがちょうど140字あたりでひと呼吸置いてしまうようになってくる。さらにはスケールばかりではなく内容まで、Twitterでよく見かけるフォーマットのようなものに漸近していく気がする。あるウェブサービスの記事が、投稿者は違うのにみな均一にみえることがある。それぞれの言葉を書いているようでありながら、なにかお互い無意識に潮目を読み合って、大きく見るとひとつの方向にゆるやかに向かっていくような……「文章を書く」ではなく「noteを書く」「ツイートをする」という動詞を使うとき、そこですでに規定され、狭められているものがあるのではないか。なにか書こうとするとき、「そこで書くときの暗黙のお約束」のようなものは、文章そのものにとってはマイナスに作用するのではないか。

このごろは、多くの人が・多く書くこと=世の中に個人によって書かれた文章の総量が増えることを歓迎したい一方で、それは「だれもが手早く、簡単に書きはじめられる」ということの先にはないのではないか、と思うようになった。
ワークショップでわたしはよく「言葉の表現は、絵や音楽や写真に比べて、元手がいらないところ、すぐはじめられるところが強みです!」と話す。けれども同時に、手軽さに飛びつきすぎず、ゆっくりと、遠回りをして、ひとりではじめる、ということが、他の誰かではなく自分自身が書く値打ちのあるだけの文章を書くための、そして長く書きつづけていくための道であるように思う。

ということで、さしあたっては自分が、Web上のほかの誰もいないところでぽつぽつと書く、というのをはじめてみることにした。
お知らせや教室の情報だけではなく、エッセイや詩も載せていくので、よろしくおねがいします。

★ホームページの開設にあたり、こちらのおふたりに担当していただきました。「詩とエッセイを両方載せたいので縦書きと横書きを選べるようにしたい」「一度読み始めたらなるべくいつまでも読みつづけたいので、トップページを無限スクロールにしたい」というわたしの要望を叶えてくださったおふたりです。ありがとうございます!

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