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Photo by :クマガイユウヤ
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詩集「とても小さな理解のための」取扱書店まとめ(随時更新)

2022年7月30日、わたし向坂くじらの第一詩集「とても小さな理解のための」がしろねこ社より刊行となりました。 全国の書店さんでお取り扱いいただいております。どんどん情報が増えますので、随時こちらにまとめていきます。(な…

2022年7月30日、わたし向坂くじらの第一詩集「とても小さな理解のための」がしろねこ社より刊行となりました。
全国の書店さんでお取り扱いいただいております。どんどん情報が増えますので、随時こちらにまとめていきます。(なお、すでに売り切れとなっている書店さん、逆に流通の関係で配本タイミングが遅い書店さんなどもあるようです。お求めに行かれる際は、事前に書店さんへ在庫を確認していただくと確実です。)

 

◯ 北海道

ほうきのアトリエと本の店 がたんごとん(小樽)
https://gatan-goton-shop.com

 

◯ 東京

本屋B&B(下北沢)
https://bookandbeer.com 

百年の二度寝(練馬)
https://100nennonidone.jimdosite.com

本屋イトマイ(板橋)
https://www.booksitomai.com 

百年(吉祥寺)
http://www.100hyakunen.com 

BOOKS 青いカバ(駒込)
https://www.bluekababooks.shop

双子のライオン堂(赤坂)
https://liondo.jp

NENOi(早稲田)
http://nenoi.jp

本屋Title(荻窪)
https://www.title-books.com

デスカフェ屋(西日暮里BOOK APARTMENT 内)
https://scramblebdg.com/book-apartment/
※リンク先は「西日暮里BOOK APARTMENT」

Flying Books(渋谷)
http://www.flying-books.com

三省堂神保町本店
https://www.books-sanseido.co.jp/shop/kanda/

 

◯ 神奈川

本屋・生活綴方(横浜・妙蓮寺)
https://tsudurikata.life

 

◯ 千葉

本屋lighthouse(幕張)
https://books-lighthouse.com

 

◯ 埼玉

つまずく本屋 ホォル(川越)
https://hoorubooks.wixsite.com/info

小声書房(北本)
https://kogoeshobo.theshop.jp

 

◯ 愛知

ON READING(名古屋・東山公園)
https://onreading.jp

 

◯ 大阪

紀伊国屋書店梅田本店(梅田)
https://store.kinokuniya.co.jp/store/umeda-main-store/

ジュンク堂書店大阪本店(西梅田)
https://honto.jp/store/detail_1570022_14HB320.html

MARUZEN&ジュンク堂書店梅田店(梅田)
https://honto.jp/store/detail_1570065_14HB320.html

ジュンク堂書店難波店(難波)
https://honto.jp/store/detail_1570052_14HB320.html

 

◯ 京都

丸善京都本店(河原町)
https://honto.jp/store/detail_1570144_14HB310.html

 

◯ 兵庫

ジュンク堂書店三宮駅前店(三宮)
https://honto.jp/store/detail_1570002_14HB320.html

 

◯ 香川

本屋 ルヌガンガ(高松)
https://www.lunuganga-books.com

 

◯ 鳥取

汽水空港(松崎)
https://www.kisuikuko.com

 

◯ 福岡

六本松蔦屋書店(博多)
https://store.tsite.jp/ropponmatsu/

 

◯ 沖縄 

くじらブックス&Zou Cafe(八重瀬町)
https://kujirabooks.stores.jp

 

★全国からご購入いただけるしろねこ社公式通販はこちら
https://shironekosha.thebase.in/items/63233836
全国どこでも、何冊買っても送料180円です。
現在第二刷分がsold out中なのですが、まもなく第三刷分の予約受付が開始する予定です。

★お取扱をご検討の書店さまへ
「とても小さな理解のための」のお取扱をしてくださる書店さまを探しております。
ぜひ、以下のフォームより版元のしろねこ社へお問い合わせください。
https://shironekosha2017.wixsite.com/-site-1

「ことぱ舎」が朝日新聞に掲載されました

2022年6月15日の朝日新聞夕刊に、今年オープンした「国語教室ことぱ舎」についての記事が掲載されました。 「詩人が開く ことばの扉」 「国語専門塾『ことぱ舎』受験指導も創作も」 との見出しで、とても丁寧にご紹介いただい…

2022年6月15日の朝日新聞夕刊に、今年オープンした「国語教室ことぱ舎」についての記事が掲載されました。

画像

「詩人が開く ことばの扉」
「国語専門塾『ことぱ舎』受験指導も創作も」
との見出しで、とても丁寧にご紹介いただいています。

また6月19日には、朝日新聞社の本に関する情報サイト「好書好日」にも掲載されました。
こちらでは無料で全文読めます。

詩人・向坂くじらさんが国語専門塾「ことぱ舎」を開塾 受験指導も創作も

↑「編集部一押し」としてサイトトップに表示していただいています!(6/19時点)

取材・執筆してくださったのは山本悠理さんです。
記者でありながらご自身も詩を書かれており、記事内で

「谷川俊太郎さんや草野心平、アレン・ギンズバーグにマヤコフスキー……。埼玉県桶川市にある学習塾「ことぱ舎」を訪ねると、受験勉強に用いられる一般的な教材とともに、古今東西の詩集が書棚にひしめく。詩人の向坂(さきさか)くじらさん(27)が自ら実現させた、念願の空間だ。」

と、やや渋いセレクトでわたしの本棚を紹介してくださっているのがうれしいです。
(もっと子ども向けの詩集もたくさんありますよ!)

小さな部屋で始まった小さな試みを見つけていただき、このように言葉を与えていただけて、思いもよらない喜びでした。
実践そのものはまだまだ途上なのですが、これからもがんばります。

お問い合わせ・見学・体験入塾など、お気軽にご連絡ください! お待ちしております!

俺は論理的に話したいだけなんだけど、彼女はすぐ感情的になって

 と言われると、むっ、と思う。どれほど普段信頼している相手であっても、ここから先は少し用心して聞かなければいけないぞ、という構えになる。 「彼女はすぐ感情的になって、困るんだよね。そうなるともうこっちの言うことも聞いてく…

 と言われると、むっ、と思う。どれほど普段信頼している相手であっても、ここから先は少し用心して聞かなければいけないぞ、という構えになる。

「彼女はすぐ感情的になって、困るんだよね。そうなるともうこっちの言うことも聞いてくれないし、会話が成立しなくなっちゃう」

 とこぼしたのは男友だちだ。恋人とのコミュニケーションがうまくいかないという。肩をすくめるようなその調子からは、単なるその場のコミュニケーションのすれ違い以上に、恋人の態度にほとほと困らされている彼の日常的なありようが見て取れる。その、「だけ」というのに、わたしは興味を惹かれる。「自分は、そこまで過大な要求をしたり、彼女にひどいことをしているわけではないよね?」と確認するような、「だけ」。

「彼女のほうも、感情的になりたいわけではなくて、普通にあなたと話したい『だけ』なんじゃないの?」

 そういうと、うーんという。まあ、言いたいことはわかるが、実際そううまくいくわけではないんだよね、の、うーんだ。

 確かに、わたしもそう言いたくなるときはある。まず、わたしも論理のことが好きだ。子どもに読み書きを教えている身であり、自分自身も文章や詩を書いていて、論理のことはときに美しい建築やベースラインのように、ときに心を許せる先生のように思っている。どんなにささやかな文章、また情緒的な文章だったとしても、そこに通底する論理がなければ、読んでいても愉しみがない。なにより気持ちいいのは、頭のなかで考えていたことにすらっと一本の線が通るときだ。混沌とした事象が、ぱちっぱちっと音を立てるようにつながって、自分の考えがとても自然に、スムースに感じられる。
 しかし、それが会話の中で起きたとき、ふと相手の言っていることが分からなくなることがある。最初の地点からひとつずつ普通につなげていけば必然わたしと同じ結論になるはずなのに、この人はさっきから何をめちゃくちゃなことを言っているのか、と思う。しかしその分からなさとは裏腹に、相手の気持ちや思惑のほうばかりが声色や言葉尻からびんびん伝わってきてしまったりする。わからないのに、痛いほど、わかる。それがまた疎ましく、居心地が悪い。それで、「なんだ、要するにお前はさびしいだけじゃないか! だからって論理的でないことばかり言いやがって……」となるわけだ。

 ところで、六年生の塾生は作文を書き上げた。テーマは、ずばり「可愛い」について。掲載許可をもらったので、以下に冒頭を抜粋する。

 いとこの家に遊びに行ったときに、車から道路と道路の真ん中にある芝生でシルバーカーにすわり、一人でお茶会をしているかのようにゆっくり、のんびりとお茶を飲んでいるおばあちゃんが見えた。そのおばあちゃんを見て私は可愛いと思った。
 そもそも可愛いとはなんだろう。私はふだん流行りのふくやふくのくみあわせ、かみがた、メイク、イラストだったりとかそういう物を可愛いと思っている。ところがおばあちゃんのふくもかみも可愛くはなかった。

 おもしろい書き出しだと思う。生活に基づいていて、しかも当たり前に信じられていることをきちんと疑い、読者をどきっとさせる。想像されるおばあちゃんの姿、「一人でお茶会をしている」なんていう表現にもおかしみがある。
 ところが、ここまで書いて筆が止まった。「自分でも可愛いとはなにかわからないまま書きはじめてしまって、どう続けていいかわからない」という。そういうときには、少し話をする。

「おばあちゃんの服も髪もかわいくはなかったけど、でも可愛かったんだよね?」
「うん」
「可愛かった理由はわからなくても、可愛かったなあ! という気持ちは◯◯さんの中にあるわけだよね。それがどんなふうだったかをそのまま書いてみたら?」

 すると、こんなような内容の続きが出てきた。「おばあちゃんを可愛いと思う気持ちは、赤ちゃんを可愛いと思う気持ちと似ていた。赤ちゃんとおばあちゃんには、無邪気さという共通点がある」……なるほど。分析が何歩か進んだ。
 そこで、本人としてはかなり、発見! という気持ちになったらしく、「できた!」という。けれども、まだ終われない。このときわたしが考えていたのは、彼女の題材で大切なのは、「おばあちゃんが可愛かった」という具体的な体験以上に、「普段可愛いと思っていること以外の『可愛い』を発見した」ということなのではないか、ということだった。そしてそこには、どんなにささやかだとしても、なにかしら論理があるだろうと思っていた。

「うーん。もうちょっと書かないと終われないかも!」
「えー。もう書くことないよ」
「でもね、この文章は、『そもそも可愛いとはなんだろう』という疑問からはじまっているよね。『おばあちゃんの可愛さとはなんだろう』という疑問からはじまっていればこれで終われるかもしれないけど、これだとまだ最初の疑問に答えていないよ」
「たしかに」
「というか、この書き出しから読みはじめたら、どんな内容でもいいから『可愛いとはなにか』になにか答えがほしくなるよ」
「たしかに……なんか、可愛いにはいろいろあって、ぜんぶ違う感じなんだよね……」
「おお?」
「服とかは、これが可愛い! って決まってるって感じ。でも、おばあちゃんは、ただ、そこにいて、可愛い、って感じ」
「決まってるって、だれが決めるの?」
「インフルエンサーとか、世間の人……」
「あっ、そうなんだ、たしかに、インフルエンサーはあんまりおばあちゃんのこと可愛いって言わなそう」
「(笑)」
「じゃあ、誰かに決められた可愛いと、そうじゃない可愛いがあるってことだね」
「うん、『思う』可愛いと、『感じる』可愛いがあるって感じ」
「えっ、それめっちゃいいじゃん!」

 いくらか省略してはいるが、おおむねこんなやりとりを経て、作文はこのようにしめくくられた。

 「思った」というよりも「感じた」のだ。自分の体が勝手にそう感じ取ったのだ。つまりは、可愛いには、「インフルエンサーや世間が決めた理屈がはっきりあって頭で『思う』可愛い」と、「何か無邪気なものを見て、体で『感じる』可愛い」がある。

 わたしはこの文章とプロセスとを、とても論理的であると思う。もちろん構成や細かな表現には直せるところもあるけれども、自分が漠然と感じたある事象に言葉を与え、筋道を与えて、共通点を探して比較し、分析し、分類し、自分の立てた問いに答えるとき、彼女のなかで働いていたのは論理の力にほかならない。
 そして、こうも思う。よく、論理的であることと客観的事実であることが混同されるけれども、実際のところ、その両者はイコールではない。「自分はかくも論理的である!」と思っているときにはそれこそがただ一つの事実のように感じやすいけれども、論理というのはむしろ、混沌とした事象にどのように線を引くか、ということであって、それは凛と立つ主観そのものではなかろうか。事象はいつでも混沌としている。わけもなくおばあちゃんは座っており、そして、わけもなく、「可愛い」と感じる。そこに、どうにか仮説を立て、ある筋道を引いた。それは主観であって、なおかつ論理である。そうであってこそ、インフルエンサーのいう「可愛い」とは別の「可愛い」、誰にも共感されないかもしれないが確かにある「可愛い」を、論理でもって自分の中に樹立することができるのではないか。

 と思えば、だれかとの話が噛み合わなくなっていくときには、自分がいかに論理的であるかを考えるよりもむしろ、相手がいかに論理的であるかを考えるのがいいかもしれない。ひとつの混沌とした事象に、二本の線がどのように引かれているのかを、ふたり眺めてみるといいのかもしれない。
 もし、今度だれかに「俺は論理的に話したいだけなんだけど」と言われたら、そんなふうに話してみよう。想像してみる。

「俺は論理的に話したいだけなんだけど、彼女はすぐ感情的になるんだよね」
「うんうん、でもさ、このあいだ作文を教えながら考えたんだけど、論理というのはかぎりない主観であってさ、同じ事象であっても人それぞれに論理はあって、でもその論理がそれぞれ違うわけじゃんね?」
「……あのさあ、俺は彼女のことを話しただけなのに、女性全体を悪く言われたように思えたからって、そんなに感情的にならないでよ」

 うーん。まあ、実際そううまくいくわけではないんだよね。

 ちなみに、詩を書いていると話すと、ときどき言われること。
「詩は、論理じゃなくて感覚なのがいいですよね!」
 これも、むっ、と思う。言わんとすることはわかるが、それだけではない。

背後


 これなんか、論理そのものじゃないか。そして、それが詩的なおもしろさに直結しているじゃないか。

わたしはね、もう、これでいくのよ

 結婚して二年になるが、遊びで愛をやっているわけではない。  夫がわたしのなにに惹かれて結婚したのかは一向に合点がいかないままだが、夫がいまわたしにされて最も不快で、悲しくて、自尊心を傷つけられることがなにかはわかる。そ…

 結婚して二年になるが、遊びで愛をやっているわけではない。
 夫がわたしのなにに惹かれて結婚したのかは一向に合点がいかないままだが、夫がいまわたしにされて最も不快で、悲しくて、自尊心を傷つけられることがなにかはわかる。それは、夫の運転中にわたしが事故の心配をすること。とくに、夫が眠ってしまうのを心配すること。

 夫とわたしとはおおむね(あくまでおおむね)同じくらいの資本レベルで暮らしていて、金銭感覚も似ていれば味覚も似ていれば許せるブラックジョークの幅も政治に対する関心のほどもおおむね同じ、というふたりだが、唯一大きく資本レベルがかけ離れているのが、睡眠だ。
 自分でいうのもなんだが、わたしほど睡眠が豊かな人はそうそういない。わたしはどこでもかしこでもすぐ爆睡できる。枕が変わろうが国が変わろうがまったく問題なし、騒音も余裕、就活の合間には有楽町や六本木の路上で眠り、翌朝が早い夜は平気で十八時に就寝し、ひとり旅のときには基本夜行バスで移動して、ほとんど箱のようなゲストハウスに好んで泊まる。どんなところでも眠れば回復してぴゃきぴゃき動き、朝五時に夜行バスを降りた直後にラーメンを食べたりする。眠ること自体も好きで、生活に欠かせない快楽だと思っている。食事と睡眠を選ばないといけないとしたら睡眠をとるかもしれない。
 そして、わたしから見ると夫の睡眠はひどく貧しく、もう、けなげにさえ見える。夫の睡眠はつねに不随意で、見たがっていた映画を見ていても急に眠ってしまう、わたしと話していても文節の途中で眠ってしまう、なにかに襲われたり、さらわれたりしているかのよう。そのくせ眠りが浅く、すぐにまた起きてしまう。それがまた次の強烈な眠気を誘う、という悪循環は、まさに貧困を連想させる。眠りざまも気の毒なほど苦しそうで、いつもうっすら唇をあけて、喉の奥でなにかモニャモニャうめき、そして、悲鳴のようないびきをかく(だから、世に聞く「結婚相手の寝顔を見て幸せな気分に浸る」というのがわからない。夫の寝顔は憐みを誘うばかりで、それは愛とは遠い)。
 夫を見ていると、自分にとって単なる甘美な娯楽だった睡眠が、ひどく剣呑で不吉な、姿の見えない外敵に感じられる。そして、そんなものに蹂躙されているかのような夫のすがたは、わたしにとっても不快で、怖い。結婚したばかりのころこんな詩を書いたほどだ。

———

あえない敗け

うちには
早く眠る人がいて
部屋の暗いほうから
鼻か喉かの音が聞こえる
さっきまで明るいほうにともにいたのに
あっちにいったまま
戻ってこない

ひっぱりこまれる間ぎわの君が
不随意な声でしゃべるのが
嫌いだ
強権や
平手打ちやアルコールや
円陣のかけごえ
それから具合のいい女性器とやらをはさんだパン
そのほかわたしの嫌いなもののみんなが
きみの肉体を打ち負かすのを連想させる
あえない声

目覚めてみなければ
自分が眠っていたとは気づけない
早く眠る人は早くに起き
眠っているわたしを残して出ていく
わたしも
平伏しているようにみえただろうか
わたしは何に敗けてみえるだろう
君もこんなに悔しいだろうか

———

 そんな夫が運転をするので、ちょっと夫が目をこすったりすると、わたしはあわてる。夫があのおそろしい眠気の手にかかって、なにもかもおしまいにしてしまうのではないかと思うのだ。わたしは、突然運転席の夫の身体がぐらっと傾き、その勢いで反対車線へハンドルが切られることを想像する。または、夫の重たい足が赤信号でもかまわずにアクセルを押しこみつづけ、交差する車線をこちらへ飛ばしてきたトラックが、真横から夫の身体をスクラップにするところを想像する。または、橋の上を走っていたと思ったら次の瞬間欄干をぶち破って空中へ放り出され、鋼のような水面が迫ってくるところを想像する———それで、わたしは夫が運転している間、つねに夫の声色や目つきの変化に目を光らせ、想像するかぎりの大惨事をどうにか防ごうとしたくなる。
 そして、それは夫にとってはなにか癇に障ることのようで、わたしが心配しているとめずらしく苛立ち、「疲れてるんなら寝たらいいのに」などと勧め、それでもわたしが絶対に眠らないことにさらに苛立ち、わたしが父の運転だと眠れることに嫉妬さえする。そう、どこでもぐっすり眠るわたしは、夫の運転する車でだけは眠らないのだった。

 ところが、一度だけ、それがどうしようもなくなったことがある。その日はプレッシャーのかかる仕事の帰り道で、もう、くたくただった。
わたしが助手席でぐったりしているのを見て、夫はしめたとばかりに「おれは眠くないから、眠っていいよ」と言ってくる。姑息にもわたしに、「一度眠ってみたら、大丈夫だった」という成功体験を積ませようとしているのである。ふだんだったら絶対に寝ない……ところだったが、そのときばかりは、身体の方が先に限界だった。ついにうつらうつらしはじめて、わたしは、ぼんやりと考える……じゃあ、もう、死んでもいいか……。バラバラに死ぬよりは、ふたりいっぺんに死ぬほうが……怯えながら死ぬよりは、眠ったまま死ぬほうが…………。
 そうしてつぎに目を覚ましたときには、自宅の駐車場に着いていた。わたしを殺さずに済んだ運転席の夫は、なにか得意げにエンジンを切り、ごていねいに助手席のドアを開けて、わたしをエスコートまでしてみせた。
 ここで起きている、わずかなズレ。夫が、「やっとおれの運転を信頼してもらえたのかもしれない」ぐらいに思っている一方、わたしは死ぬ覚悟までしている。夫の運転が安全だと思ったわけでは到底なく、ただ、いたずらに夫の提案をそのまま受け入れ、その最悪の結果まで受け入れると決めただけ。それははたして信頼と呼べるのか。

 夫への信頼について考えるとき、思い当たることがある。
 デリカシーがなく、しばしばいらんことを言ってくる悪友がいる。いい友だちだが、いいやつではない(真逆の人もよくいる)。そいつが結婚以前からよく、「君の彼氏も浮気のひとつやふたつするかもよ」などと言ってわたしをからかう。結婚するまでは、「う〜ん、そうかな、そうなったらどうしようかな……」と歯切れの悪い返事をしていたわたしだったが、それが結婚してしばらくして以降、
「君の夫も浮気のひとつやふたつ、するかもよ」
「しないのよ」
と即答するようになったので、悪友はその変化を気味悪がっている。
「いやそれ怖いんだよな。急になに?」
「しないのよ。わたしはね、もう、これでいくのよ」
 そう、もう、これでいくのだ。
 実際、夫はわたしとは別の、かつ日々変化し続ける人間であって、夫がなにをするとも、なにをしないとも言いきれない。それは不安といえばいつでも不安だが、わたしがそのことについて予測を立てようとしても意味がない。だからどこかで覚悟を決める。この場合は、結婚、という契約そのものよりもむしろ、生活を共にするようになったことが、わたしにとってその「どこか」になった。これまでが大丈夫だったからと言ってこの次も大丈夫であるわけがないが、思い切って「これまで」が続くほうに賭けてみる。これは、ほとんど信頼といっていいのではないか。ちょっと乱暴で、つたないけれど。

 前回の記事でも書いたけれど、賞味期限が過ぎた肉を、夫は平気で食べる。はじめは心底ぞっとしていたけれど、しだいに、わたしも少しずつ食べてみるようになった。そのときも、「わたしはいま腐った肉を食べているな」と思っていないと言ったらうそになる。けれども、夫が大丈夫だというから、ともかく口に入れて、飲み込む。それでお腹を壊したり、最悪食中毒で入院するはめになったりしても、自分で責任をとることができるからだ。浮気されたとしてもそう、した方にはした方の責任があるとしても、わたしもわたしで信頼しただけの責任をどうにかとるのだろう。それは、あとになって「やっぱり信頼しなくてよかった」と言いたくなるのをこらえて、「わたしは信頼したけれども、裏切られた」と言い切ることであるかもしれない。裏切られただけの痛みをうけることであるかもしれない。

 でも、生き死にの話となると、それがそう身軽にはいかない。死だけは、他のこととは比べものにならないほど不可逆で、生命でもって責任をとらされるのはさすがにイヤだ。どれほど鷹揚にかまえていようとしても、そこでつい力が入る。自分が正しいと思う方に踏みとどまりたくなってしまう。
次に車に乗るときも、わたしは目をどうにか開いていようとして夫を苛立たせ、ときに悲しい気持ちにさせるだろう。そこで、やっぱりどうしても夫を、ひいては他人を信頼しきれない。おかげでけったいな勧誘にひっかかったりしづらそうなのはいいけれど、どこか、さみしいような、なさけないような気もする。
 そう思うと、あのとき、助手席でぐったりと眠りについたときの、もうろうとした意識の身軽さが、なつかしい。「死んでもいい」と思うなんて、夫の望む信頼とはたしかに少しズレているけれども、しかし覚悟を決めることを信頼とするならば、それ以上の信頼があるだろうか。健常な意識からは、どこか、あこがれさえ覚える。異常なほどの、剥き出しで丸ごとの信頼。それが眠気にまかせていっときわたしの身体に降りてきた、という、おぼろげな記憶がまぶしい。

 わたしは想像する。夫の運転にゆられて眠りにつき、大きな衝撃で目を覚ます。次の一瞬にはもう、わたしたちは終わりだ、とわかる。そして、ああ、死んでもいい、この人を信頼して死ぬのなら、ここで終わりでいい、これでいい、と思う。本当にそうなるかはさておき、ぞっとしながら、しかしうっとりと想像する。

(撮影:クマガイユウヤ)

性加害と戦うことを表明したときに言うべきことは「最高にクールでドープですね」だろうが

 およそ一年前、性被害に遭ったことを公表した。公表に至るまでの詳しい経緯はnoteに書いているのでそちらを参照してください。  もともとこのnoteは、これから性被害を告発しようと思っている人の役に立てば、と思って書いた…

 およそ一年前、性被害に遭ったことを公表した。公表に至るまでの詳しい経緯はnoteに書いているのでそちらを参照してください。
 もともとこのnoteは、これから性被害を告発しようと思っている人の役に立てば、と思って書いたものだ。いまでもその思いは変わらない。そして、ここで書いているのはネット上で公表するまでに起きたできごとや心情の変化についてだけで、いまではそれだと片手落ちであると感じている。この記事を出してからも本当にいろいろなことが起きた。一年かかってしまったけれど、「性被害を公表したあとに起きること」についても書きのこしておきたい。

 公表する段階で、わたしはかなり身構えているつもりだった。どんな誹謗中傷、いわゆる二次加害も受け付けない自信があった。なぜなら、だいたいの二次加害は推敲にかかる自問自答のなかですでに終えていたから。

「きちんと拒まなかったお前に非があるのでは?」

「傷つくほどのことではないのでは?」

「売名・慰謝料・その他もろもろが目当てで話を盛っているのでは?」

「炎上の勝ち馬に乗りたいだけでは?」(※noteを読んでいただけるとわかるが、わたしが公表したのは、すでに同じ加害者による別の被害が明るみに出たあとのことだった)

 そのように自分自身が投げかけてくるひどいことごとをくぐりぬけてきたおかげで、いまやわたしはそのすべてに胸を張ってこう答えられる———「いいえ!」
けれども、実際にわたしのところに集まってきたのは、練習してきたようなののしり文句ではなく、たくさんの「おつらかったでしょう」だった。二次加害の練習問題を済ませてきたぐらいでは所詮丘サーファー、わたしは張っていた胸をちぢこまらせて、小さな声で答えるしかなかった。はい、まあ、そうですね、つらかったです。
 そう答えるたびに、わたしは自信をなくした。被害を公表すると決めたとき、「自分はひどいことをされたのだ」ということをなんとか受け入れた気でいたけれど、それをいろんな人から何度も、何度も言われるのは、やはりつらかった。自分の弱さを、外がわからくりかえし呼びかけられ、背負わされる。それは同時に正しさを背負わされることでもあった。徹底してわたしに非はない(これは、前述の自問自答のとおり)ということが、おそろしい。両成敗にしてはいけない立場にあることがおそろしい。わたしがなにか言えば加害者への集中攻撃に転じてしまいそうであり、またわたしがなにか間違えば、一転してこちらが糾弾されそうでもあった。言葉によって「被害者である」という立場へ追い込まれていくことは、わたしにとっては身動きを封じられるような強い恐怖になった。
 わたしは、あくまで自分の戦いをひとりで戦いながら、別のところでひとりで戦わざるをえない性被害者たちへのはなむけとして公表をしたつもりだった。けれども、ともすると、わたしひとりのものだったはずの戦いが「みんなの戦い」のほうへ引き込まれそうになる。「みんなの戦い」は時にそれ自体暴力的で、わたしの望んだことではない。連帯することと、袋叩きにすることとは違う。みんなの尊厳のために個別の戦いを戦うことと、個別の戦いを「みんなの戦い」へ読み替えることとは違う。「おつらかったでしょう」といわれるたび、わたしはくちびるをぐっと噛んでこらえる必要があった。自分自身、被害者という立場の無反省な正しさにおもねそうになるのを、強くいましめなければいけなかった。

 それから、「おつらかったでしょう」よりさらにイヤだったのが、「なにかあったら話聞くよ」だった。これも何件も届いた。わたし自身の偏見がこもっていないか慎重に検分しながら述べるが、そう言ってくるのはかならず男性で、そしてかならず公開コメントではなく非公開の個別メッセージだった。親密な男性ならまだわかる。そうではなくて、何年も連絡をとりあっていないような男性から、突然「久しぶり! 大変だったんだね。俺でよければいつでも話聞くよ!」と来る。こちらからしてみれば、俺でいいわけないだろ! である。プライベートどころか仕事の相談すらそんなにしたことがない異性に、いきなり性被害について話すわけないだろ!
 全員が全員そこから悪意を持って二次加害を……とまで決めつけるつもりはないにしても、とにかくその鈍さには辟易させられた。親しい友だちに、「わたしはサポーターがほしいのに、みんな前のめりでベンチに入ろうとしてくる」とこぼしては、まあまあ、となぐさめられた。
 そうして、なぜ人は知り合いが性被害を公表したときに「いつでも話聞くよ!」という個別メッセージを送りたくなってしまうのか、ということについて、考えざるをえなくなった。
 ある同年代の男性からは、「いつでも話聞くよ」を通り越して、「どんな言葉をかければあなたの気持ちが安らぐかわからないし、何かを書いたら安らぐと思うこと自体傲慢と感じる。こんなことを書いても免罪符にはならないと思うけど、この件に自分なりに向き合っていきたい」というようなメッセージが来た。いうまでもなく彼は加害者本人ではなく、(少なくともわたしに対しては)過去に性加害をしてきたわけではない。わたしに対してなにかしてやりたいらしいのはどうにか伝わってくるけれど、それがなぜなのか、そしてなにをしてくれるのかはまったくわからない……。しばし困惑したが、何通かメッセージをやりとりするうちにわかってきたのは、彼がわたしの性被害を知ったことでひどく動揺し、それをわたしへのメッセージにぶつけているらしいことだった。
 わたしからは、以下のように返信した。

まず、気にかけてくれたことはすごくありがたいと思っていることを伝えておきます。
何かしたいと思う反面ですごく無力感を感じるんだろうし、なにか罪悪感のようなものさえあるように見えます。そういう状態はしんどいから、ためらいつつも言葉にして外に出してしまいたくなるのもよくわかります。
よくわかる一方で、被害者の目線としては、当然◯◯くんから何かされたとは思っていません。◯◯くんに対して怒る気持ちもないし、◯◯くんが義務のようにわたしに対して何かしなければいけないとは感じません。
少なくとも、わたしに対して◯◯くんのしんどさを伝えてもらっても、◯◯くんがしんどいのは本当によくわかるけれども、そのしんどさは立場的にわたしにケアできるものではないかも……ぐらいのことしか言えません。
性加害と戦う立場でありたいという気持ちに共感します。お互いしんどいところですが、がんばりましょうね。

 心配してくれた相手に対してちょっとイヤなやつすぎるだろうか、と悩みもしたけれど、このときはこう言わざるをえなかった。彼とのやりとりを通じて、どこかウェットなメッセージを送ってくる男性たちに対しても、ある仮説が立った。男性のうち一部の人たちは、身近で起きた性被害を見ると、無力感がそうさせるのか、はたまた男性としての社会的アイデンティティとの不和がそうさせるのかわからないが、自分が責められているように居心地悪く感じるのかもしれない。そして、その罪悪感から逃れるために、急いでこのかわいそうな被害者に何かしてやらないといけないような気分になるのかもしれない(◯◯くんは後日、このメッセージのやりとりをわたしがこのように明かすことに快諾してくれた)。
 これも念のため述べておくと、ほかの男性たちからのウェットでない連帯は本当にありがたかった。それはわたしへの個別メッセージではなく、SNS上でのわたしの記事のシェアや、noteへの金銭的なサポートによって行われた。実利がどうこうというよりも、他者であるわたしとの関係を踏まえた上での適切な距離感をまず考えてくれ、その中でできる支援をしてくれた、ということがうれしかった。まさにそのような距離感こそ、そのときのわたしが飢えていたひとりの人間としての尊重そのものであって、だから新鮮な栄養のようにうれしく感じられた(そう自覚できたのはあとになってからのことだった)。
 もちろん、多くの女性とわずかな男性からの「尊敬します!」「かっこいいです!」「応援するよ!」という表明も、とてもよいものだった。「つらかったでしょう」「話聞くよ」とはぜんぜん違う。そういった言葉は、わたしが「かわいそうで、弱い被害者」ではなく、「被害を受けて行動したいち個人」であることを強く支えてくれた。また、男性たちの一部がなんだか意気消沈していたのとは対照的に、女性たちの一部はどこか上気していた。敬愛する年上の女性は「終わったらお祝いにケーキ食べに行きましょうね🌹」と絵文字つきのLINEをくれ、その不思議なハレの空気も、わたしには助けになった。

↑当時のツイート

 そのあと生活が元の調子に戻るまでには半年ほど、こうして書く気が起きるまで一年がかかった。外がわからの被害者扱いによってしおれていく自尊心と、自分で自分を奮い立たせるようなハイな状態とを往復し、つねに少しずつリソースを奪われつづけていた。家族や親しい友人、仕事関係の仲間は、ありがたいことになんら変わらずに接してくれ、それを頼みにしてゆっくり元へ戻っていくような感覚だった。とにかく「性被害者」でない自分を生きる時間を少しずつ増やしていくほかなかった。
 いくつかのメディアからは取材の依頼も来たが、わたしは依頼を受けることができなかった。はじめ、一度公表してしまったら怖いものなし、という状態だったのでどの依頼も受けるつもりでやりとりしていたが、そのうちのひとりのフリーライターの男性から、午後十時から・個室のレンタルスペースで・二人きりでの取材を提案された。それも、こちらが確認する前にいきなり「スペースを予約しました」とメッセージが来た。あわてて断ると「午前十時の間違いでした」と謝罪されたが到底受ける気になれず、それがきっかけで他の媒体からの取材もみんな受けたくなくなってしまった。これに関してはいまでも釈然としない気持ちでいる。

 正直に言えば、告発してから何度かは「告発しないほうが楽だったかもしれない」と思った。けれども、性被害に遭って告発するか悩んでいるという友人の相談に乗れたり、加害者が関わっていたメディアに掲載された自分の記事を晴れ晴れと読めるようになったり、ときどき、告発することに決めた自分を褒めたくなる瞬間が確かに訪れる。性被害をなくすための告発で被害者のほうがさらにしんどい思いをしなければいけない、というのにはやはり納得がいかないけれど、それでも告発してよかったと思っている。
 というより、あのとき告発しない道を選ぶ自分のことは、もはや想像できない。いまの自分が自分であるということを、「自分は自分や女性の尊厳のために行動したのだ」ということが、底で支えているように思う。先に述べた、「性被害者でない自分を生きる」ことと、「性加害と戦ったことに存在を支えられている」こととは矛盾しない。むしろ、「性被害者ではない自分を生きる」ことを本当の意味でするために、わたしにとってはそのプロセスが必要だった。

 いまあらためて、一年前の記事と同じ結びを。
 性加害と戦う方々に心からの尊敬を表明すると同時に、被害を受けたすべての方の尊厳が守られることを切に望みます。

またトイレの電気がついていたよ

 結婚して二年になるが、遊びで愛をやっているわけではない、という意地のようなものがありつづけている。  わたしが忘れっぽくてそそっかしいので、夫は何度も同じことを注意しなくてはいけない。部屋を出るときには電気を消すこと。…

 結婚して二年になるが、遊びで愛をやっているわけではない、という意地のようなものがありつづけている。
 わたしが忘れっぽくてそそっかしいので、夫は何度も同じことを注意しなくてはいけない。部屋を出るときには電気を消すこと。シャワーを浴び終わったら中が蒸さないように窓をあけること。脱いだ靴下は洗濯籠に入れること。掃除機をかけたあとは溜まったゴミを捨てること。これを、くりかえし、くりかえし、言う。
 言われるたび、こちらとしてもすまないなあと思うし、よし、やるぞっ、とも思うのだが、いかんせんこの、「Aしたら/Bする」というのが、苦手である。言われたときにはやる気にあふれていても、次にAが起きたときのわたしが他のなにに気を取られているかわかったものではない。わたしはとにかくいつもなにかに気を取られていて、「Aをしたから、それに関連づけてBを思い出す」ということが他の人に比べて苦手らしい。Aをしているときには、Aのことだけ。Bについて思い出すのは、Bのことを考えたときだけ……
 そんな調子なので、夫はいつも呆れている。それでも、二日にいっぺんは「またトイレの電気がついていたよ」と教えてくれる。

 一方のわたし。だいたいの仕事が在宅で済むので、基本日中はひとりで家にいる。毎日、朝のオンラインワークショップをするためにZoomをつなげて、背景に映り込む夫のクローゼットを必ず閉める。十回のうち九回は靴下のところが開けっぱなしになっている。それを、毎回わたしが閉める。一度や二度は言ったような気もするが、お互いに覚えていない。ただ、夫はわたしのようにぼんやりした人ではないから、開けっぱなしで出ていったのに帰ってくると閉まっているな、ということくらいは気づいているだろう。
 そしてワークショップを終えると、わたしよりも早く起きる夫がココアを飲んで置いていったマグカップに水を張る。二、三時間放置したせいで、底のほうで沈殿したココアが乾いて固まっていて、しばらく水にさらさないと洗うことができない。「使い終わった食器には水を張っておくとよい」ということも夫は知っている気もするが、とにかく毎日のように黄色のマグカップがからっぽでほったらかされている。
 わたしは、とくに夫になにか言うことはない。毎日毎日「ねえ、Zoomに映るからクローゼット閉めていってよ」「ココア飲んだらマグカップに水張っといてよ」と言ってもいいのだが、黙って靴下を隠し、夫が帰ってきたときにはマグカップは静かにきれいになっている。

 これは、わたしの心が広くて夫は心が狭い、という話ではない。どうかそこを勘違いしないでもらいたい。
 わたしもはじめ、夫に注意されると少しずつ腹が立ち、それでもどうしても電気をつけっぱなしにしてしまう自分にはなおのこと腹が立った。けれども、あんまり毎日のようになにか注意されるので、だんだん慣れてきた。慣れてくると、注意している夫の表情や言葉尻をじろじろ眺めるようになり、そのうちにわかってくる———この人は、わたしに注意することを通して、この人なりの愛の実践をしているようだ。
 「妻(わたし)の生活のいたらなさに注意をする」というところだけ切り抜くといかにも家父長的に聞こえるけれど、実際のところ彼の家庭観はもっと進んでいて、家をよい環境に保つこと、暮らしを持続させていくことは、主には自分の役割だと思っている。彼自身ある「よい暮らし像」を持っていて、なんであれば本当はわたしなんかに任せずに自分ひとりでやってしまいたいところを、「よい暮らし像」を共有したいためにわざわざわたしに分担しているらしい。
 おれも君も無理をしない範囲でお互いの快適さを保っていかなければ、長くは続けていけないよね、と夫は話す。共働きでおれだけが家事や倹約をがんばっていたら、それはそれで君だって申し訳なくなるんでしょ。
 つまりは、暮らしの領分を明け渡すこと、そしてふたりの力でその総体が改善されていくことを、わたしたちふたりの関係の持続にとってよいことであるととらえているみたいなのだ。わたしがたまにきちんと電気を消すと、その遂行をすなおに喜ぶ。わたしが「無理をしない範囲で、夫にとって快適に」なっていくことが、彼にはうれしい。そして、家がきれいになり、電気代が適切になり、彼の思う「ふたりの暮らし」が、どんどんブラッシュアップされていくことが。
 そこには、夫のよいと思う状態が他者であるわたしにとっても当然よい状態であろうと思い込む独り善がりさがある一方で、「わたしとの暮らしを続けていきたい」という健やかなやさしさが感じられる。独善はともかく、そのやさしさに応えてやりたいと思えばこそ、わたしは「やるぞっ」と思い、三回に一回くらいはどうにか電気を消し、お風呂の窓をあけてみせる。
 わたしの夫は、注意こそしても、そのことでわたしを怒ったりいやな態度をしたりしたことは、これまで一度もない。自分で電気を消したっていいところを、「トイレの電気がついていたよ」とわざわざわたしに教えにくるのは、彼にとってはわたしと対等でいたい気持ちを表明することなのだった。レストランへデートへ行った日よりも、一日かけて草むしりをした日のほうが、「今日はふたり楽しかったね、いいお休みになったね」と満足そうに眠りにつく夫。それが愛ならしかたない。殴られてそう言っていたら問題だが、つけっぱなしや開けっぱなしを注意されるくらい、なんのこと、それが愛ならしかたない。

 一方のわたし。わたしにとって愛の実践はなんであるか。なにも言わずにさっさとクローゼットを閉め、マグカップを洗ってしまう、わたしにとって。
 生活を共にすると、確かによく聞くように、避けえない摩擦がときどき起きる。大きく言えば、どこからどこまでをよしとするか、というさまざまの線引きが、わたしと夫とではところどころずれあう。つけっぱなし開けっぱなしにしてもそう、掃除の頻度にしてもそう、いつ炊飯するか、いつ歯磨きするか、賞味期限が何日過ぎたら肉を捨てるか。結婚するまでは、たとえば善悪や好き嫌いの線引きに比べたら、生活の線引きなんて大した問題ではないのでは、と思っていたけれど、それは大きな間違いだった。生活の上で当たり前だと思っていることは、そうとは意識していなくてもほとんど掟として存在している。ローカルだが、根深い掟だ。それを無下にされると、ひどく不快な気分になる。本来ただスタイルが違う程度のことなのに、生活のこととなると単なる差異として受け止めるのはむずかしく、これまでの生き方まで否定されるような気分になる。
 結婚して二年、わたしは、その線引きを思いきって更新していくのが、おもしろくてしかたない。そして、それこそが、わたしにとっての愛情と、関係を持続させることへの意欲の表明に他ならない。
 夫のいうままに賞味期限が二日過ぎた豚肉を食べるとき、わたしの頭のなかはぱちぱちとはじけ、不快感と好奇心とでひどく昂奮する。受け入れることが難しいほど、それでいて自然であるほどわたしは昂ぶり、最近もっともよかったのは、食器を洗う手順を夫の方式に変えたことだった。すでにできあがっている手順は掟のなかでももっとも厳格で、もう変えようがない、これ以上よくなりようがない、としか思えない。けれど一度変えてみると、そこではじめて夫の方式が持っている合理性がわかる。その、わかる、が気持ちいい。説明されただけではまったく合点がいかず、不気味にさえ思っていたことが、ぞっとするほど自然に身体に入ってくることが、おもしろい。またそれを一回きりの体験で済ませてしまわずに、あんなに愛していた自分の手順をまるきり捨ててしまうのなんか、たまらない。
 これもまた、夫を立てる従順な妻だなんて、鳥肌の立つような形容で誤解してほしくない———わたしは、夫との摩擦のあいだで自分が変容していくことに、ただの生活上の折衝にとどまらない、愛のつけた引っかき傷のような手ごたえを感じている。自分の線引きをどこまで押し広げられるか、つねに自分自身に挑発され、試されている。そのエキサイティングなこと!

 ただ、ときどき、疑いたくもなる。ふたりの関係の上でわたしのほうだけが自分の変容をおもしろがっている、というのは、一見寛容さのように見せかけた、他者に期待をかけないドライな態度なのではないか。摩擦から生まれる変容を楽しむというのなら、ときには夫がわたしにするように、わたしの線引きを、合理性を理解してもらう努力をするべきなのではないか。「ドライである」というのはわたしにとっては聞き慣れたののしり文句で、いまはこのあたりでくすぶっている。それ自体、また自分のほうにさらなる変容を求めようとしているだけでは、といわれてしまうと、なにも言い返せないのだが。

 夫の、ふたりの暮らす環境の全体を改善しようとする、公共の福祉のような顔をした独善と、わたしの、自分のほうが変容しようとする、無償のやさしさのような顔をした怠惰さとが、同じ皿の料理を分け、ふたり並んで眠ったり、目覚めたりしている。

(撮影:クマガイユウヤ)

しゃべりたいことがたくさんあるのよお

 国語教室を開く前は個人で家庭教師をしていた。家庭教師は家庭教師ですてきな仕事で、好きだった。指導自体はもちろんとしても、よその家に入っていって、外国のお茶を出していただいたり、小型犬にメンチをきられたり、エレベーターが…

 国語教室を開く前は個人で家庭教師をしていた。家庭教師は家庭教師ですてきな仕事で、好きだった。指導自体はもちろんとしても、よその家に入っていって、外国のお茶を出していただいたり、小型犬にメンチをきられたり、エレベーターがあって仰天したり、そんなこともおもしろかった。
 六年生の女の子、みくさんも生徒のひとりだった。どんどん増えるハムスターと、メンチはきらないがちょっとでも撫でるとうれしすぎておしっこをもらすダックスフンドを飼っている。おしゃべりで、一週間に一度わたしが行くと、その週にあったことをなにからなにまでしゃべってくれる。
 それはありがたいのだが、問題を解いている最中にもぽつぽつなにかしゃべるのが、ちょっと心配だった。とくに、毎回授業の最初にやる漢字テストがひどかった。考えている最中のひとりごとという感じならまだわかる。そうではなくて、「あっ、あのね、『修める』はこないだ書けるようになったからね!」「今日はさ〜新しいシャーペンにしたから書きやすいわ♡」「ぎゃーっ! 先週覚えたのにまた忘れてる! みくのばかばか!」という調子で、つねにそのとき浮かんだことをフルパワーでしゃべってしまう。はじめ、わたしに話しかけているのかと思ってついつい答えてしまっていたけれど、そうするとどんどん意識が問題から離れてしまってキリがない。本人も、どちらかというと自分のおしゃべりに困っているらしい。
 そのうちわれわれの間で、対策として「どうしてもしゃべってしまうときにはしゃべってもいいが、先生は問題を解いている最中は基本無視をします」という取り決めがなされた。すると彼女なりにどうにかおしゃべりをおさえようとしているらしく、「あっ、そういえば…………………」「あのね〜、あっ……………………」と、こちらをもやっとさせながら急ブレーキがかかるようになった。うーん。
 わたしが多少もやっとしたところで誰に迷惑がかかるわけでもなし、おちゃめでいいといえばいいのだが、問題は彼女が中学受験を控えていることだった。口を開きっぱなしで問題を解くことに慣れてしまうと、しゃべることと考えることとが紐づきすぎて、いざ本番の一切しゃべれない環境に置かれても「しゃべっていないと、考えられない」という状況になってしまったり、そうでなくても過分に緊張してしまったりしてもおかしくない。

 それで、一度、腰を据えて相談することにした。彼女のことは三年生くらいから指導していて、はじめのころ黙読よりも音読のほうが意味をとりやすい時期があったのを知っている。それで、「この人は、なにか口に出しているほうが考えたり、思い出したりしやすいのかも」という仮説を立てていた。自分が逆に音声情報に弱く文字情報に強いこともあって、人によってやりやすい学習手段があるのだろう、と思ってもいた。
「みくさん、今日も問題解いてるとき、めっちゃ、しゃべってしまってましたよね……」
「そうなのよ〜! 毎回、今週はしゃべらないぞ! って思ってるのに、ついしゃべっちゃうの!」
「なんでだろうね……。学校の授業中はしゃべらないでいられるの?」
「うーん? しゃべっちゃうときもある!」
 聞けば、学校の授業中はみんながしゃべりはじめると自分もしゃべってしまう、算数を習っている集団指導の塾ではしゃべると怒られるからそもそもしゃべりたいと思わない、という。うーん。わたしの厳しさの問題なのか? 仮にそうであったとして、彼女がしゃべらずに問題を解けるように”教育”することが、わたしのするべきことなのか?
 事情聴取はつづく。
「たとえば、算数の塾で黙っているときを思い出してほしいんだけど、しゃべってる方が、漢字思い出しやすいとか、考えやすいとかっていう感じがあるの?」
「うん、それはそうかも……しゃべらないとさ〜思ったことすぐ忘れちゃうし……」
「いや、わからないでもないけど、問題解いてるときは、たとえばシャーペンのこととかだったら忘れてもよくない……?」
 すると、彼女がいうのだ。
「うーん、でも、漢字テストは特に、授業の最初だし……」
「?」
「しゃべりたいことがたくさんあるのよお」
「……? わたしに??」
「うん! そう!」
 あれ!? そんなこと!?
 これはびっくりだった。彼女の口からいろんなことがぼろぼろノーブレーキで出てきてしまうのは、考えているからではなく、わたしがいるためだったのだ! 漢字テストを解いてはいるものの、そして「先週覚えたのにまた忘れてる!」というようなおしゃべりのせいもあって一見目の前の問題に熱心に取り組んでいるように見えるものの、わたしが来てからのしばらく、彼女はつねに心ここにあらずで、わたしに話しかけたいことでいっぱいになっていたのだった。
「えっ、でも、毎回漢字テストする前にもけっこうしゃべっていますよね……?」
「うーん、でもさ、一週間ってけっこう長いじゃない?」
 まあ、ねえ。

 このことは、わたしにとって大きな反省になった。
 「漢字テストを解きながらしゃべってしまうということは、一生懸命考えているとついつい口から出てきてしまうのだろう!」というわたしの仮説は、「この人は漢字テストに集中して一生懸命考えてくれている」ということが前提になっている。けれども、彼女がかなり勉強に前向きであったとはいえ、いつでもコンスタントに一生懸命でいられるわけではない。単にこのとき、彼女にとっては漢字テストよりおしゃべりのほうが大切だったのだ。わたしは彼女の基本的な前向きさに甘えて、彼女の微細な揺れを見過ごしてしまっていたのだった。
 そして、彼女から出てくるさまざまなリアクションを、わたしはすべて彼女の特性によるものだと解釈しようとしていたけれど、それも違った。わたしがその場所にいる以上、彼女から出てくるものはすべて、わたしと、彼女との二者の間で起こったことだった。他人の行動や感情について考えるとき、ともすると観察者の目線になって、自分がいることが与える影響を度外視しそうになってしまう。けれども自分はどうしようもなくそこにいて、相手とがっぷり関係しながら、できごとの内側でどうにか相手を見ようとしていくしかない。

 その後、われわれの間では、「最悪しゃべってもいいが、無視する」に替わる新しい取り決めがなされた。すなわち、「最初に、この一週間にあったしゃべりたいことを、できるだけ全部話し切る。もしどうしても新しく思い出したときには、メモをして一回忘れる」。これによって、彼女のおしゃべりはどうにか「メモメモ」だけにおさえられ、そのおかげというわけでもないが、中学受験は無事に終わった。音声情報と文字情報の得手不得手なんてややこしいことを考えるまでもない、ちょっと拍子抜けする解決だった。
 しかしよく考えてみれば、浮かんでくる雑念をどうにか払い去って目の前のことに集中しつづけるなんて、わたしでもむずかしい。したくなったことをメモして一旦速やかに忘れるというハックをわたしが身につけたのは二十歳を越えてからだ。勉強を教えながら、そういう、生き方というほどではない、こなし方、みたいなものを、ちょっとずつ伝授している気分になることが、ときどきある。そして、そういうものについて話しあうために、見かけ上勉強を教えているふりをしているのだ、とさえ思うことがある。

(※エッセイに出てくる人物名は仮名です)

不足(台所で書いた詩)

ヤムウンセン という タイのサラダを食べようと思って ほとんど作りおえたところ ピーナツがないのに気づく 家じゅうをウロウロした挙句に もっともピーナツらしかったのは 朝食用のグラノラに含まれている くるみだった アルミ…

ヤムウンセン
という
タイのサラダを食べようと思って
ほとんど作りおえたところ
ピーナツがないのに気づく
家じゅうをウロウロした挙句に
もっともピーナツらしかったのは
朝食用のグラノラに含まれている
くるみだった
アルミ袋に手をつっこみ
指で押し麦とドライフルーツとを識別して
くるみだけを一粒ずつ摘出
不完全なヤムウンセンに
一粒ずつ乗せて
完全な
ヤムウンセンになりますように
なりますように
脳のひだひだに換気扇がしみてくる
これは
なにのシーンだろう
愚かさか
あるいはいかにも生活者らしい聡さか
まずしさだろうか
不足への抵抗か
むしろ 服従なのか

タイはまだ夕方
わたしと同じ年の
タイの女の子が
くるみを摘まみ出す手つきをみたら
笑うだろうか 気を害すか
べつにどうでもいいと思うのか

完全な まいにちに
なりますように
なりますように
タイフードらしからぬ
かといって郷愁も呼ばない
メープル臭たちのぼる

ホームページを開設しました

向坂くじらです。ホームページを開設しました。 これまで、ウェブ上の発信はTwitterが主で、まとまった(140文字以上の)文章を載せたいときにはブログやnoteあたりを使ってきたけれど、またウェブマガジン上でエッセイを…

向坂くじらです。ホームページを開設しました。
これまで、ウェブ上の発信はTwitterが主で、まとまった(140文字以上の)文章を載せたいときにはブログやnoteあたりを使ってきたけれど、またウェブマガジン上でエッセイを連載させていただいたりもしたけれど、いつからか、文章や詩を発表するための自分の場所がウェブ上にほしいと思うようになった。
自分が公開した文章がウェブ上にアーカイブされるのはうれしい。けれども、それがプラットフォーム側のサービス終了で簡単に消えてしまうことには危機感を覚える。その危機感が、企業が運営しているにすぎないあるサービスへの依存につながるのはいやだ。それから、いまWeb上では動画や音楽が無料で公開されまくっていて、良くも悪くもかもしれないけれど、ともかくたくさん消費されているのがうらやましい。広告収入は入らないとしても、詩でもそれをやってみたい(これに関しては、「Crossroad of word」「抒情詩の惑星」など、わたしも好きなWebサイトもすでにいくつかある)。
そしてなにより、書く形式のことだ。書く以前の思考のこと。一億総発信時代なんていわれる今、誰でも無料で、すぐに、書いたものを発表することができる。わたしも書くワークショップやなんか作っていて、多くの人がふらっと(スマートフォンで写真を撮ったり、鼻歌うたったりするように)書くようになる、というのはよいことであると思っている一方で、このところ、書くためのプラットフォームのほうに言葉が規定されているようなのが気にかかる。”バズる”ことを第一としたつまらない文章ばかりが書かれるようになる、というのもそれはそれで課題であるとして、それ以前の、言葉になるにいたるまでの思考のほうが、「Twitter投稿的な思考パターン」「note投稿的な思考パターン」というものに侵食されてくるように思える。
わたしはTwitter中毒の十年選手なのであんまりTwitterを悪者にしたくはないけれど、長い文章を読み書きする時間がないときに片手間でTwitterばかり見ていると、考えごとがちょうど140字あたりでひと呼吸置いてしまうようになってくる。さらにはスケールばかりではなく内容まで、Twitterでよく見かけるフォーマットのようなものに漸近していく気がする。あるウェブサービスの記事が、投稿者は違うのにみな均一にみえることがある。それぞれの言葉を書いているようでありながら、なにかお互い無意識に潮目を読み合って、大きく見るとひとつの方向にゆるやかに向かっていくような……「文章を書く」ではなく「noteを書く」「ツイートをする」という動詞を使うとき、そこですでに規定され、狭められているものがあるのではないか。なにか書こうとするとき、「そこで書くときの暗黙のお約束」のようなものは、文章そのものにとってはマイナスに作用するのではないか。

このごろは、多くの人が・多く書くこと=世の中に個人によって書かれた文章の総量が増えることを歓迎したい一方で、それは「だれもが手早く、簡単に書きはじめられる」ということの先にはないのではないか、と思うようになった。
ワークショップでわたしはよく「言葉の表現は、絵や音楽や写真に比べて、元手がいらないところ、すぐはじめられるところが強みです!」と話す。けれども同時に、手軽さに飛びつきすぎず、ゆっくりと、遠回りをして、ひとりではじめる、ということが、他の誰かではなく自分自身が書く値打ちのあるだけの文章を書くための、そして長く書きつづけていくための道であるように思う。

ということで、さしあたっては自分が、Web上のほかの誰もいないところでぽつぽつと書く、というのをはじめてみることにした。
お知らせや教室の情報だけではなく、エッセイや詩も載せていくので、よろしくおねがいします。

★ホームページの開設にあたり、こちらのおふたりに担当していただきました。「詩とエッセイを両方載せたいので縦書きと横書きを選べるようにしたい」「一度読み始めたらなるべくいつまでも読みつづけたいので、トップページを無限スクロールにしたい」というわたしの要望を叶えてくださったおふたりです。ありがとうございます!

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