ことぱ舎
Menu

ことぱ舎 ことぱ舎 向坂くじら 向坂くじら

Photo by :クマガイユウヤ
Photo by :クマガイユウヤ
Scroll

アーカイブ



ことぱ舎移転・リニューアルのお知らせ

移転のお知らせです。 2026年8月1日(土)、学習塾ことぱ舎(旧:国語教室ことぱ舎)は、旧教室(JR桶川駅から徒歩25分)より新教室(JR桶川駅より徒歩6分)へ移転・リニューアルオープンいたします。 リニューアルに伴い…

移転のお知らせです。

2026年8月1日(土)、学習塾ことぱ舎(旧:国語教室ことぱ舎)は、旧教室(JR桶川駅から徒歩25分)より新教室(JR桶川駅より徒歩6分)へ移転・リニューアルオープンいたします。

リニューアルに伴い、いくつかの変更がございます。

【①通い放題システムの導入】

旧来の2時間のコマ制・曜日制を撤廃し、
月・火・木・土(祝日を除く)の開塾日であれば、定額で何回でも・何時間でも通い放題
というシステムへ変更いたします。

開室時間は、
月・火・木:16:00~21:00(夏休みや年末年始などの長期休暇中は14:00~19:00)
土曜:10:00~13:00(長期休暇中も変わらず)
に変更となります。

なお、体験入塾は
旧:一回無料 → 新:一週間無料(通い放題)
とさせていただきます。お気軽にお問い合わせください。

【②指導教科の拡大】

ことぱ舎では現状、本来想定していた国語の学習に加え、英語や数学の指導も行うことが増えてきていました。これは、第一にはお子さんそれぞれの得意不得意に、また最終的な目標を踏まえての必要な学習に向きあってきた結果です。また同時に、国語の力を伸ばし、かつそれを国語以外にきちんと活かしていくためにこそ、他の科目を学習する時間が必要なことを実感したからでもあります。

そのため今回の移転を機に、教室名を

「国語教室ことぱ舎」→「学習塾ことぱ舎」

と改め、指導科目を正式に拡大することにいたしました。

今後は、
・高校受験までの国語・英語・数学
・大学受験までの国語・小論文・英語
に対応いたします。ぜひ通い放題システムと併せ、多教科の学習にご利用ください。

【③お月謝の改訂】

上記のシステム変更、また昨今の物価上昇に伴い、大変心苦しいのですが、お月謝を以下の通りに変更させていただきます。

非受験生:20000円
受験生(小6・中3・高3):28000円

なおこのほか、資料費や講習費などの費用は一切かかりません。

 

2022年の創塾以来、ことぱ舎は定員3名・駅から徒歩25分の小さな教室で指導を続けてきました。
ですが5年めの節目を迎え、通ってくださるお子さんの学習をより充実させていくためには、

・国語にかぎらず、教科横断的な学習指導ができる環境
・そのために、少なくとも週2回以上、1日2時間以上の学習習慣を作れる環境
・電車でのアクセスがよく、保護者の方の送り迎えが難しい場合でも来やすい環境

が必要であると強く実感するに至りました。
それを踏まえ、今後の指導をよりよいものにしていくため、また通ってくださるお子さん・保護者の皆様のご負担を減らし、より学習に向かいやすい状態を作るために、今回の移転を決定いたしました。

旧教室ではキャンセル待ちの出ている曜日もありましたが、移転に伴い定員も大幅に拡大したため、現在いつでも受け入れが可能です!
体験入塾をご希望の方はいつでもお気軽にお問合せください!

エッセイ集『夫婦間における愛の適温』が発売されます!

これまで百万年書房Live! さんで連載してきたエッセイが、「暮らし」レーベルから刊行されることになりました! 『夫婦間における愛の適温』向坂くじら(百万年書房) ご購入はこちら(百万年書房公式ショップ)↓ https:…

これまで百万年書房Live! さんで連載してきたエッセイが、「暮らし」レーベルから刊行されることになりました!

『夫婦間における愛の適温』向坂くじら(百万年書房)

ご購入はこちら(百万年書房公式ショップ)↓
https://millionyearsbk.stores.jp/items/6493bdb49475d4002be12f5e

三年前に結婚した夫のこと、料理や家事のこと、仕事のこと、国語教室「ことぱ舎」での生徒とのやりとり、友だちとのやりとり……などについて連載してきたエッセイに、書き下ろしと詩(いくつも!)を加えたものです。タイトルは編集の北尾さんから提案していただいたのですが、たしかに、夫のことにかぎらず人の前に立たされる時、いつも「愛の適温」のことを思い、悩まされてきた気がします。

発売は7/31予定。たくさんのご予約お待ちしております!

 

●詳細

暮らしより大切なものがある人間は、いかにして暮らせばよいのだろうか?

暮らし04 『夫婦間における愛の適温』向坂くじら
百万年書房

四六変型判
縦118mm 横188mm 厚さ13mm
重さ 200g
204ページ

価格 1,700円+税

デビュー詩集『とても小さな理解のための』が早くも5刷。
現在最もメディアから注目を集める詩人・向坂くじら、初の散文集。

「まずもって、あの夫というやつは臆病すぎる。合理的であるということを隠れ蓑に、ただ予期せぬものの訪れを怖がっているだけ。なんだい、なんだい、びびりやがって。くされチキンがよ。だいたい、すべて計画通りの毎日なんてつまらないじゃないか。(中略)そのくされチキンがある日、なんの前触れもなく急須を一式買って帰ってきた」(本文より)

<目次>

オッケー、愛情だけ受け取るね
わたしはね、もう、これでいくのよ
おおむね、ね(笑)
俺は論理的に話したいだけなんだけど、彼女はすぐ感情的になって
飢えなのです
合理的に考えて、死んだほうがマシである
わたしは、その顔あんまり好きじゃないな
歌を歌っていましたか
昼下がりが/部屋を/包んだ
目のあわない距離
「そっちでいくのかよ」
ものをなくしつづけて生きている
彼岸
笑う姿を見てて、うれしい
ああ、また、わたしが間違っていたのだな
熱が出ると
いちばんふつうの家のカレーが好きなんだよね
うちではお手伝いひとつしなかったのにね
あいをたいせつにね!
ごめんね、ハイジニーナちゃん
関西弁で、しゃべってみたいわあ
あんまり、遅くならずに帰ってこようね
なんでこんなところにいるんだっけ

2022年度受験体験記(Sさん・中学受験生)

私は「ことぱ舎」で勉強して志望校に合格することができた。 ことぱ舎では自分がやりたい勉強を自分のペースに合わせて教えてくれる。そのおかげでいままでつまらないと感じていた勉強が楽しいと思えるようになってきた。例えば作文では…

私は「ことぱ舎」で勉強して志望校に合格することができた。

ことぱ舎では自分がやりたい勉強を自分のペースに合わせて教えてくれる。そのおかげでいままでつまらないと感じていた勉強が楽しいと思えるようになってきた。例えば作文では書き方や構成が決まっているわけではなく、自分の書きたいことをかける。その中で書くときの決まりや、知識を教えてくれる。

私の場合、受験内容に自分の意見を書く内容があったため、時間内にテーマにそって書くということを提案してくれた。実際やってみたがあまり得意ではなかったので何回か繰り返しやった。このような指導のおかげで作文を書いたりすることが楽しくなったし、上手にもなった。実際時事作文コンテストで優秀賞をとることができた。

でも、これだけ勉強が楽しくなったのに、「受験」というものはストレスだった。この受験でストレスというものは初めて感じた。受験って思った以上にストレスとか感じるんだな〜と思ってしらべてみたら、「受験 ストレス」「受験うつ」などがたくさん出てきてホッとしたような不安なような変な気分になった。でも受験を合格できた今では、「人生経験として大事なことなんじゃない?(笑)」くらいにしか思ってない。もし、不合格だったら今どうなってるんだろうということは、絶対考えないことにしている。

雑談もアリでのことぱ舎での勉強は私が望んでいた「楽しい勉強」だった。もちろん、漢字など、大変なことはあるけど、受験に合格できたのは本当にことぱ舎のおかげだと思っている。

やわらかく開かれているためには(高橋久美子『一生のお願い』)

高橋久美子『一生のお願い』(筑摩書房)を読みました。 ブックレビューの前に、少し思い出話から。高橋さんとは、イベントで何度かご一緒させていただいたことがある。高橋さんはなんというか、とにかく人を萎縮させない佇まいを持って…

高橋久美子『一生のお願い』(筑摩書房)を読みました。

ブックレビューの前に、少し思い出話から。高橋さんとは、イベントで何度かご一緒させていただいたことがある。高橋さんはなんというか、とにかく人を萎縮させない佇まいを持っている。当然、わたしのほうは高橋さんのことを高校生ぐらいのときから一方的に知っていたわけで、お会いしてごあいさつするというのでドキドキしていたら、ちょっと拍子抜けしたくらいだった。あれっ、わたし、この方と前にもお会いしたことがあったのだっけ……? そして、なんだかすでにちょっと親しくなっていたのだっけ……? というような錯覚を、高橋さんの存在は起こさせる(なんだかナンパ師みたいなせりふでいやだが、でも、本当にそんなように思うのだ)。そのあとにパフォーマンスを拝見したのだが、そっちもすさまじかった。いろいろなイベントに出ていると、よく、楽屋では親しみやすかった人が舞台に乗ると別人のようになって、すごいなあ、と思うことがあるけれど、高橋さんの場合は全く逆だった。高橋さんはあの、ぽやんとした(すみません)、人を萎縮させないどころかそれを通り越して油断させてしまうような存在のまま、すらっと舞台の上に立ってしまう。声にしてもそれは同じで、話す声と、歌う声と、詩を朗読する声とが、すべて同じ線の上でつながっている。それがたまらなくかっこよかった。

『一生のお願い』はエッセイ集である。どのエッセイを読んでいても、その、やさしくて、こちらの肩の力まで抜いてしまうような、それでいてぴんと張った、高橋さんの声がする。自然な言葉で、なにげない日常を書いているようでありながら、暮らしというものの芯のほうへ迫っていこうとする。食べること。家に帰ってくること。知らない人と出会うこと、またそれと全く同じように親戚や、旧い友だちや、家族と出会うこと。そのすべてに対して、高橋さんは真剣である。真剣でありながら、ちょっと焦点があっていないような、ふしぎな距離のとりかたをする。本の中には書くことやお仕事について書かれたエッセイもたくさんあり、それらを読んでいると、これは書いているからこそできる距離ではなかろうか、と思う。いつでもアイデアを、言葉を探しているまなざしが、いたずらっぽく日常を観察する。

わたしには、日常や暮らしというものが、ふつう剣呑に思えてしかたない。ちょっとすると濁流のように自分を飲みこみ、なにかもっと大きなシステムのようなものへ巻き込んでしまう、おそろしいやつだと思っている。けれども高橋さんのエッセイを読んでいると、自分の暮らしもそんなに悪くない、めんどくさいけれどもチャーミングで、ときどききらっと光ってみせるものに思えてくる。きっと、高橋さんの前に立たされると、あのおそろしい暮らしというやつも骨抜きにされてしまうんだろう。

 

それから、ところどころに見える、流動体のような軽さに惹かれる。東京と愛媛との二拠点生活にしてもそう、詩・エッセイ・小説・作詞・ライブ出演……というお仕事の幅広さにしてもそう、高橋さんの日々には独特の軽みがある。中でもおもしろかったのは、愛媛の実家を改装するとき、住み込みの大工さんたちと生活した日々を描く「そうだ、長崎に行こう」。長崎からやってきた最大七人の大工さんたちは座敷に寝泊まりし、お母さんが作ったご飯を昼も夜も一緒に食べる。ベトナムから来たザンくんをはじめとする大工さんの弟子たちの紹介もおかしい。棟梁の島田さんからふるさとの祭りに誘われれば、タイトルの通りひょっと長崎まで行き、祭りの踊り子までしてしまう。そして高橋さんは愛媛の家に帰り、また東京の家にも帰ってくる。そのどちらもが「帰る」であるのだという。

「家」というものは、安全な場所である一方、中にいる人を縛りつけたり、外にいる人を疎外したりする一面を持っている。けれども高橋さんの家は、大工さんたちの出入りを風のように受け入れ、高橋さん自身の出入りも制限しない。どちらにとっても開かれている。読んでいて、関係のないわたしも、胸がすくような思いがする。高橋さんはまた、人が自分をなんと呼ぶかに敏感に反応する。セールスマンに「奥さん」と呼ばれて青ざめ、甥っ子姪っ子たちからの「びーこさん」という呼び名に、自分と彼らとの唯一無二な関係を重ねる。肩書きについても何度も考える。

康雄くんが「高橋久美子(作家・作詞家)だけど、久美子さんは何通りもの人生を歩いているから、『高橋久美子(高橋久美子)』ですよね」と言った。さすが、うまいこと言いよるわーと思った。(「高橋久美子(高橋久美子)」64頁)

詩人というと変わり者と思われがちなので、肩書きは「作家・作詞家」ということにしている。(中略)「作家」というと、何か賢げな感じがする。「作詞家」というと秋元康みたいに売れっ子な感じがする。でも「詩人」=「変人」と変換されるらしい。(「肩書」182頁)

思春期の葛藤が私の土台になっていることは確かだ。それを救ってくれたのは詩だしこれからもきっとそうだから、私はやっぱり詩人なのだ。(同上、183頁)

高橋さんの、家に対する軽やかさと、呼ばれ方や肩書きに対する真剣さは、やはりどこかで関係しあっているように思える。家が開かれているためには、ただ柔軟なだけではだめで、ある種の強靭さが必要になる。そうでないと長く開かれつづけることはできず、いずれ崩壊してしまう。それと同じように、軽やかにあちこちを行き来する高橋さんもまた、やわらかでありながら、強靭な部分を持っているのだろう。「奥さん」という呼びかけを拒み、子どもたちに「びーこさん」と呼ばれ、「作家・作詞家」でありながら根底では「詩人」である高橋さん。そこに、高橋さんのあのぽやんとした魅力のひみつがあるのでは、と、わたしは勝手に推測している(個人的にはまた、土台にあるのが「詩人」という肩書であることに背中を押されたような思いだった)。

居場所を見つけること、自分が何者であるかわかること。ついつい難しいことだと思ってしまいそうになるけれど、高橋さんのエッセイを読んでいると、そういう問題ともこんなに軽やかに付き合うことができるのか、と驚く。日常をおそれるのでも、逆にただ肯定するのでもなく、ちょっと離れて見つめてみたくなる。きっと案外、同じ線の上に、重要な問題が隠れているのだ。

どうすれば自分もそのように誤ることができるか(谷口隆『子どもの算数、なんでそうなる?』)

谷口隆『子どもの算数、なんでそうなる?(岩波科学ライブラリー302)』岩波書店を読みました。  数学者の谷口隆さんが、自身のお子さんが算数にふれ、さまざまに理解していくようす、そしてその過程でさまざまに間違えるようすを観…

谷口隆『子どもの算数、なんでそうなる?(岩波科学ライブラリー302)』岩波書店を読みました。

 数学者の谷口隆さんが、自身のお子さんが算数にふれ、さまざまに理解していくようす、そしてその過程でさまざまに間違えるようすを観察するエッセイ。「教える」というのではなく「観察する」というのがこのエッセイにはふさわしい。それでいて、まさにその「観察」こそが「教える」ために不可欠なことであると思わされる。

 子どもは間違える。二枚の百円玉を指して「ヒャクニエン」といったり、「11時の1分前」をたずねられて「10時69分」と答えたりする。わたしは子どものときから今に至るまで算数が苦手だけれども、さすがに大人、上記の二問はわかる。とてもかんたんであると思う。しかし、わかるゆえに、こんなにかんたんな問題をどうして間違えるのかはわからない。そこを谷口さんはつぶさに観察し、その答えが導きだされた道筋を考える。考えるばかりではなく、深く納得しようとする。「ヒャクニエン」の問題に関してはこうだ。

もともと日本語の自然な語順は「100が2つ」であり,「2つの100」と表現することはあまりない。たとえば入場料を払うときに人数を伝えるには「大人4,子ども3」のように言うのであって,「4大人,3子ども」とは言わない。そのように,幅広く一般的に用いられている統語の規則である。であれば、100が2つある状況が,二百ではなく百二となるのは,子どもにとっては当然のことではないだろうか?

 このように推測されて、読んでいるわたしもはじめて谷口さんとともに「ヒャクニエン」に納得をすることになる。そして、さっき「考えなくてもわかる、当然ニヒャクエンである」と思った自分の足場のほうがあやしくなってくる。あれっ? じゃあニヒャクエンの方にはどのような正当性があるのだっけ……? 「11時の1分前」問題の説明はこれよりさらに複雑でおもしろいのでぜひ読んでもらいたい。

 この納得がいい。誤りに対して反射的に「どうすれば誤りを正せるか」と考えてしまいそうになるところを、このエッセイは「どうすれば自分もそのように誤ることができるか」と考える。単に正答を教えることはほとんどしない。誤りを訂正しないままさらっと三ヶ月経ち、数年経ってしまう。その定点観測の遅さもまたおもしろい。どうすれば正しさのほうへ急いでしまわず、そのようにゆるやかに構えていられるのだろう。

 特筆すべきなのは、この本が一貫して誤りをおもしろがっているところだ。誤りをおもしろがるというと、「珍回答」的なある種の侮りを連想するけれども、そうではない。誤りそのものを、子どもの学びにとって、また観察している大人の方の学びにとっても、本当に重要なものとして扱っている。

 誤りの観察を通してこのエッセイに書かれているのは、「他者の理解を理解する」試みではないか。一度わかってしまうと、わからない状態に戻るのはむずかしい。そこにはほとんど断絶がある。さらに、仮に自分がどのようにわかったかを思い出すことができたとしても、それがすなわち他人がどうすればわかるかを理解することにはならない。教育の場面にありふれたその断絶を打開するためにはどうすればいいのか。

 正答を教えることをしない代わりに、谷口さんは新たな問いを子どもに投げかける。その応答を通じて、子どもの中でどのような理解がなされているかをさらに解明しようとする。その地道さ、遅さ、そして自分の理解を絶対のものとしない態度が、すでにわかってしまったあとに教えるということを考えるための重要なヒントになる。自分の理解と他人の理解とが異なることを踏まえながら、しかし単に異なるということに終始せず、あくまで両者の接地する点を探る。自分の理解からしかはじめられないとしても、他者の理解がどのようであるかを推測し、納得することはできる。そのすぐれた知性のありように励まされる。

 また、その知性のはたらきを通じて、「なぜ間違えたのか」という問いがつねに水面下に生きているのがすばらしい。これはどうにも扱いづらい問いかけで、日常生活の中では、そうたずねたら相手を萎縮させてしまい、逆に自分から話すと今度は言い訳のように響いてしまう(先日聴きに伺った谷口さんの講演会でも同様のことが話されていて、実際に子どもにたずねるときには「なぜ間違えたのか」という問いかけは避け「どうやって考えたのか」を聞くらしかった)。けれども、「なぜ間違えたのか」をただ考えるほど重要なことはないように思えてくる。そもそも他人の理解を云々する以前に、自分がどのようにわかったかさえ、ほとんどわからずに暮らしているのではないか。静かに、急がずに、「なぜ間違えたのか」とくりかえし考えたい。

「ことぱ舎」が朝日新聞に掲載されました

2022年6月15日の朝日新聞夕刊に、今年オープンした「国語教室ことぱ舎」についての記事が掲載されました。 「詩人が開く ことばの扉」 「国語専門塾『ことぱ舎』受験指導も創作も」 との見出しで、とても丁寧にご紹介いただい…

2022年6月15日の朝日新聞夕刊に、今年オープンした「国語教室ことぱ舎」についての記事が掲載されました。

画像

「詩人が開く ことばの扉」
「国語専門塾『ことぱ舎』受験指導も創作も」
との見出しで、とても丁寧にご紹介いただいています。

また6月19日には、朝日新聞社の本に関する情報サイト「好書好日」にも掲載されました。
こちらでは無料で全文読めます。

詩人・向坂くじらさんが国語専門塾「ことぱ舎」を開塾 受験指導も創作も

↑「編集部一押し」としてサイトトップに表示していただいています!(6/19時点)

取材・執筆してくださったのは山本悠理さんです。
記者でありながらご自身も詩を書かれており、記事内で

「谷川俊太郎さんや草野心平、アレン・ギンズバーグにマヤコフスキー……。埼玉県桶川市にある学習塾「ことぱ舎」を訪ねると、受験勉強に用いられる一般的な教材とともに、古今東西の詩集が書棚にひしめく。詩人の向坂(さきさか)くじらさん(27)が自ら実現させた、念願の空間だ。」

と、やや渋いセレクトでわたしの本棚を紹介してくださっているのがうれしいです。
(もっと子ども向けの詩集もたくさんありますよ!)

小さな部屋で始まった小さな試みを見つけていただき、このように言葉を与えていただけて、思いもよらない喜びでした。
実践そのものはまだまだ途上なのですが、これからもがんばります。

お問い合わせ・見学・体験入塾など、お気軽にご連絡ください! お待ちしております!

性加害と戦うことを表明したときに言うべきことは「最高にクールでドープですね」だろうが

 およそ一年前、性被害に遭ったことを公表した。公表に至るまでの詳しい経緯はnoteに書いているのでそちらを参照してください。  もともとこのnoteは、これから性被害を告発しようと思っている人の役に立てば、と思って書いた…

 およそ一年前、性被害に遭ったことを公表した。公表に至るまでの詳しい経緯はnoteに書いているのでそちらを参照してください。
 もともとこのnoteは、これから性被害を告発しようと思っている人の役に立てば、と思って書いたものだ。いまでもその思いは変わらない。そして、ここで書いているのはネット上で公表するまでに起きたできごとや心情の変化についてだけで、いまではそれだと片手落ちであると感じている。この記事を出してからも本当にいろいろなことが起きた。一年かかってしまったけれど、「性被害を公表したあとに起きること」についても書きのこしておきたい。

 公表する段階で、わたしはかなり身構えているつもりだった。どんな誹謗中傷、いわゆる二次加害も受け付けない自信があった。なぜなら、だいたいの二次加害は推敲にかかる自問自答のなかですでに終えていたから。

「きちんと拒まなかったお前に非があるのでは?」

「傷つくほどのことではないのでは?」

「売名・慰謝料・その他もろもろが目当てで話を盛っているのでは?」

「炎上の勝ち馬に乗りたいだけでは?」(※noteを読んでいただけるとわかるが、わたしが公表したのは、すでに同じ加害者による別の被害が明るみに出たあとのことだった)

 そのように自分自身が投げかけてくるひどいことごとをくぐりぬけてきたおかげで、いまやわたしはそのすべてに胸を張ってこう答えられる———「いいえ!」
けれども、実際にわたしのところに集まってきたのは、練習してきたようなののしり文句ではなく、たくさんの「おつらかったでしょう」だった。二次加害の練習問題を済ませてきたぐらいでは所詮丘サーファー、わたしは張っていた胸をちぢこまらせて、小さな声で答えるしかなかった。はい、まあ、そうですね、つらかったです。
 そう答えるたびに、わたしは自信をなくした。被害を公表すると決めたとき、「自分はひどいことをされたのだ」ということをなんとか受け入れた気でいたけれど、それをいろんな人から何度も、何度も言われるのは、やはりつらかった。自分の弱さを、外がわからくりかえし呼びかけられ、背負わされる。それは同時に正しさを背負わされることでもあった。徹底してわたしに非はない(これは、前述の自問自答のとおり)ということが、おそろしい。両成敗にしてはいけない立場にあることがおそろしい。わたしがなにか言えば加害者への集中攻撃に転じてしまいそうであり、またわたしがなにか間違えば、一転してこちらが糾弾されそうでもあった。言葉によって「被害者である」という立場へ追い込まれていくことは、わたしにとっては身動きを封じられるような強い恐怖になった。
 わたしは、あくまで自分の戦いをひとりで戦いながら、別のところでひとりで戦わざるをえない性被害者たちへのはなむけとして公表をしたつもりだった。けれども、ともすると、わたしひとりのものだったはずの戦いが「みんなの戦い」のほうへ引き込まれそうになる。「みんなの戦い」は時にそれ自体暴力的で、わたしの望んだことではない。連帯することと、袋叩きにすることとは違う。みんなの尊厳のために個別の戦いを戦うことと、個別の戦いを「みんなの戦い」へ読み替えることとは違う。「おつらかったでしょう」といわれるたび、わたしはくちびるをぐっと噛んでこらえる必要があった。自分自身、被害者という立場の無反省な正しさにおもねそうになるのを、強くいましめなければいけなかった。

 それから、「おつらかったでしょう」よりさらにイヤだったのが、「なにかあったら話聞くよ」だった。これも何件も届いた。わたし自身の偏見がこもっていないか慎重に検分しながら述べるが、そう言ってくるのはかならず男性で、そしてかならず公開コメントではなく非公開の個別メッセージだった。親密な男性ならまだわかる。そうではなくて、何年も連絡をとりあっていないような男性から、突然「久しぶり! 大変だったんだね。俺でよければいつでも話聞くよ!」と来る。こちらからしてみれば、俺でいいわけないだろ! である。プライベートどころか仕事の相談すらそんなにしたことがない異性に、いきなり性被害について話すわけないだろ!
 全員が全員そこから悪意を持って二次加害を……とまで決めつけるつもりはないにしても、とにかくその鈍さには辟易させられた。親しい友だちに、「わたしはサポーターがほしいのに、みんな前のめりでベンチに入ろうとしてくる」とこぼしては、まあまあ、となぐさめられた。
 そうして、なぜ人は知り合いが性被害を公表したときに「いつでも話聞くよ!」という個別メッセージを送りたくなってしまうのか、ということについて、考えざるをえなくなった。
 ある同年代の男性からは、「いつでも話聞くよ」を通り越して、「どんな言葉をかければあなたの気持ちが安らぐかわからないし、何かを書いたら安らぐと思うこと自体傲慢と感じる。こんなことを書いても免罪符にはならないと思うけど、この件に自分なりに向き合っていきたい」というようなメッセージが来た。いうまでもなく彼は加害者本人ではなく、(少なくともわたしに対しては)過去に性加害をしてきたわけではない。わたしに対してなにかしてやりたいらしいのはどうにか伝わってくるけれど、それがなぜなのか、そしてなにをしてくれるのかはまったくわからない……。しばし困惑したが、何通かメッセージをやりとりするうちにわかってきたのは、彼がわたしの性被害を知ったことでひどく動揺し、それをわたしへのメッセージにぶつけているらしいことだった。
 わたしからは、以下のように返信した。

まず、気にかけてくれたことはすごくありがたいと思っていることを伝えておきます。
何かしたいと思う反面ですごく無力感を感じるんだろうし、なにか罪悪感のようなものさえあるように見えます。そういう状態はしんどいから、ためらいつつも言葉にして外に出してしまいたくなるのもよくわかります。
よくわかる一方で、被害者の目線としては、当然◯◯くんから何かされたとは思っていません。◯◯くんに対して怒る気持ちもないし、◯◯くんが義務のようにわたしに対して何かしなければいけないとは感じません。
少なくとも、わたしに対して◯◯くんのしんどさを伝えてもらっても、◯◯くんがしんどいのは本当によくわかるけれども、そのしんどさは立場的にわたしにケアできるものではないかも……ぐらいのことしか言えません。
性加害と戦う立場でありたいという気持ちに共感します。お互いしんどいところですが、がんばりましょうね。

 心配してくれた相手に対してちょっとイヤなやつすぎるだろうか、と悩みもしたけれど、このときはこう言わざるをえなかった。彼とのやりとりを通じて、どこかウェットなメッセージを送ってくる男性たちに対しても、ある仮説が立った。男性のうち一部の人たちは、身近で起きた性被害を見ると、無力感がそうさせるのか、はたまた男性としての社会的アイデンティティとの不和がそうさせるのかわからないが、自分が責められているように居心地悪く感じるのかもしれない。そして、その罪悪感から逃れるために、急いでこのかわいそうな被害者に何かしてやらないといけないような気分になるのかもしれない(◯◯くんは後日、このメッセージのやりとりをわたしがこのように明かすことに快諾してくれた)。
 これも念のため述べておくと、ほかの男性たちからのウェットでない連帯は本当にありがたかった。それはわたしへの個別メッセージではなく、SNS上でのわたしの記事のシェアや、noteへの金銭的なサポートによって行われた。実利がどうこうというよりも、他者であるわたしとの関係を踏まえた上での適切な距離感をまず考えてくれ、その中でできる支援をしてくれた、ということがうれしかった。まさにそのような距離感こそ、そのときのわたしが飢えていたひとりの人間としての尊重そのものであって、だから新鮮な栄養のようにうれしく感じられた(そう自覚できたのはあとになってからのことだった)。
 もちろん、多くの女性とわずかな男性からの「尊敬します!」「かっこいいです!」「応援するよ!」という表明も、とてもよいものだった。「つらかったでしょう」「話聞くよ」とはぜんぜん違う。そういった言葉は、わたしが「かわいそうで、弱い被害者」ではなく、「被害を受けて行動したいち個人」であることを強く支えてくれた。また、男性たちの一部がなんだか意気消沈していたのとは対照的に、女性たちの一部はどこか上気していた。敬愛する年上の女性は「終わったらお祝いにケーキ食べに行きましょうね🌹」と絵文字つきのLINEをくれ、その不思議なハレの空気も、わたしには助けになった。

↑当時のツイート

 そのあと生活が元の調子に戻るまでには半年ほど、こうして書く気が起きるまで一年がかかった。外がわからの被害者扱いによってしおれていく自尊心と、自分で自分を奮い立たせるようなハイな状態とを往復し、つねに少しずつリソースを奪われつづけていた。家族や親しい友人、仕事関係の仲間は、ありがたいことになんら変わらずに接してくれ、それを頼みにしてゆっくり元へ戻っていくような感覚だった。とにかく「性被害者」でない自分を生きる時間を少しずつ増やしていくほかなかった。
 いくつかのメディアからは取材の依頼も来たが、わたしは依頼を受けることができなかった。はじめ、一度公表してしまったら怖いものなし、という状態だったのでどの依頼も受けるつもりでやりとりしていたが、そのうちのひとりのフリーライターの男性から、午後十時から・個室のレンタルスペースで・二人きりでの取材を提案された。それも、こちらが確認する前にいきなり「スペースを予約しました」とメッセージが来た。あわてて断ると「午前十時の間違いでした」と謝罪されたが到底受ける気になれず、それがきっかけで他の媒体からの取材もみんな受けたくなくなってしまった。これに関してはいまでも釈然としない気持ちでいる。

 正直に言えば、告発してから何度かは「告発しないほうが楽だったかもしれない」と思った。けれども、性被害に遭って告発するか悩んでいるという友人の相談に乗れたり、加害者が関わっていたメディアに掲載された自分の記事を晴れ晴れと読めるようになったり、ときどき、告発することに決めた自分を褒めたくなる瞬間が確かに訪れる。性被害をなくすための告発で被害者のほうがさらにしんどい思いをしなければいけない、というのにはやはり納得がいかないけれど、それでも告発してよかったと思っている。
 というより、あのとき告発しない道を選ぶ自分のことは、もはや想像できない。いまの自分が自分であるということを、「自分は自分や女性の尊厳のために行動したのだ」ということが、底で支えているように思う。先に述べた、「性被害者でない自分を生きる」ことと、「性加害と戦ったことに存在を支えられている」こととは矛盾しない。むしろ、「性被害者ではない自分を生きる」ことを本当の意味でするために、わたしにとってはそのプロセスが必要だった。

 いまあらためて、一年前の記事と同じ結びを。
 性加害と戦う方々に心からの尊敬を表明すると同時に、被害を受けたすべての方の尊厳が守られることを切に望みます。

しゃべりたいことがたくさんあるのよお

 国語教室を開く前は個人で家庭教師をしていた。家庭教師は家庭教師ですてきな仕事で、好きだった。指導自体はもちろんとしても、よその家に入っていって、外国のお茶を出していただいたり、小型犬にメンチをきられたり、エレベーターが…

 国語教室を開く前は個人で家庭教師をしていた。家庭教師は家庭教師ですてきな仕事で、好きだった。指導自体はもちろんとしても、よその家に入っていって、外国のお茶を出していただいたり、小型犬にメンチをきられたり、エレベーターがあって仰天したり、そんなこともおもしろかった。
 六年生の女の子、みくさんも生徒のひとりだった。どんどん増えるハムスターと、メンチはきらないがちょっとでも撫でるとうれしすぎておしっこをもらすダックスフンドを飼っている。おしゃべりで、一週間に一度わたしが行くと、その週にあったことをなにからなにまでしゃべってくれる。
 それはありがたいのだが、問題を解いている最中にもぽつぽつなにかしゃべるのが、ちょっと心配だった。とくに、毎回授業の最初にやる漢字テストがひどかった。考えている最中のひとりごとという感じならまだわかる。そうではなくて、「あっ、あのね、『修める』はこないだ書けるようになったからね!」「今日はさ〜新しいシャーペンにしたから書きやすいわ♡」「ぎゃーっ! 先週覚えたのにまた忘れてる! みくのばかばか!」という調子で、つねにそのとき浮かんだことをフルパワーでしゃべってしまう。はじめ、わたしに話しかけているのかと思ってついつい答えてしまっていたけれど、そうするとどんどん意識が問題から離れてしまってキリがない。本人も、どちらかというと自分のおしゃべりに困っているらしい。
 そのうちわれわれの間で、対策として「どうしてもしゃべってしまうときにはしゃべってもいいが、先生は問題を解いている最中は基本無視をします」という取り決めがなされた。すると彼女なりにどうにかおしゃべりをおさえようとしているらしく、「あっ、そういえば…………………」「あのね〜、あっ……………………」と、こちらをもやっとさせながら急ブレーキがかかるようになった。うーん。
 わたしが多少もやっとしたところで誰に迷惑がかかるわけでもなし、おちゃめでいいといえばいいのだが、問題は彼女が中学受験を控えていることだった。口を開きっぱなしで問題を解くことに慣れてしまうと、しゃべることと考えることとが紐づきすぎて、いざ本番の一切しゃべれない環境に置かれても「しゃべっていないと、考えられない」という状況になってしまったり、そうでなくても過分に緊張してしまったりしてもおかしくない。

 それで、一度、腰を据えて相談することにした。彼女のことは三年生くらいから指導していて、はじめのころ黙読よりも音読のほうが意味をとりやすい時期があったのを知っている。それで、「この人は、なにか口に出しているほうが考えたり、思い出したりしやすいのかも」という仮説を立てていた。自分が逆に音声情報に弱く文字情報に強いこともあって、人によってやりやすい学習手段があるのだろう、と思ってもいた。
「みくさん、今日も問題解いてるとき、めっちゃ、しゃべってしまってましたよね……」
「そうなのよ〜! 毎回、今週はしゃべらないぞ! って思ってるのに、ついしゃべっちゃうの!」
「なんでだろうね……。学校の授業中はしゃべらないでいられるの?」
「うーん? しゃべっちゃうときもある!」
 聞けば、学校の授業中はみんながしゃべりはじめると自分もしゃべってしまう、算数を習っている集団指導の塾ではしゃべると怒られるからそもそもしゃべりたいと思わない、という。うーん。わたしの厳しさの問題なのか? 仮にそうであったとして、彼女がしゃべらずに問題を解けるように”教育”することが、わたしのするべきことなのか?
 事情聴取はつづく。
「たとえば、算数の塾で黙っているときを思い出してほしいんだけど、しゃべってる方が、漢字思い出しやすいとか、考えやすいとかっていう感じがあるの?」
「うん、それはそうかも……しゃべらないとさ〜思ったことすぐ忘れちゃうし……」
「いや、わからないでもないけど、問題解いてるときは、たとえばシャーペンのこととかだったら忘れてもよくない……?」
 すると、彼女がいうのだ。
「うーん、でも、漢字テストは特に、授業の最初だし……」
「?」
「しゃべりたいことがたくさんあるのよお」
「……? わたしに??」
「うん! そう!」
 あれ!? そんなこと!?
 これはびっくりだった。彼女の口からいろんなことがぼろぼろノーブレーキで出てきてしまうのは、考えているからではなく、わたしがいるためだったのだ! 漢字テストを解いてはいるものの、そして「先週覚えたのにまた忘れてる!」というようなおしゃべりのせいもあって一見目の前の問題に熱心に取り組んでいるように見えるものの、わたしが来てからのしばらく、彼女はつねに心ここにあらずで、わたしに話しかけたいことでいっぱいになっていたのだった。
「えっ、でも、毎回漢字テストする前にもけっこうしゃべっていますよね……?」
「うーん、でもさ、一週間ってけっこう長いじゃない?」
 まあ、ねえ。

 このことは、わたしにとって大きな反省になった。
 「漢字テストを解きながらしゃべってしまうということは、一生懸命考えているとついつい口から出てきてしまうのだろう!」というわたしの仮説は、「この人は漢字テストに集中して一生懸命考えてくれている」ということが前提になっている。けれども、彼女がかなり勉強に前向きであったとはいえ、いつでもコンスタントに一生懸命でいられるわけではない。単にこのとき、彼女にとっては漢字テストよりおしゃべりのほうが大切だったのだ。わたしは彼女の基本的な前向きさに甘えて、彼女の微細な揺れを見過ごしてしまっていたのだった。
 そして、彼女から出てくるさまざまなリアクションを、わたしはすべて彼女の特性によるものだと解釈しようとしていたけれど、それも違った。わたしがその場所にいる以上、彼女から出てくるものはすべて、わたしと、彼女との二者の間で起こったことだった。他人の行動や感情について考えるとき、ともすると観察者の目線になって、自分がいることが与える影響を度外視しそうになってしまう。けれども自分はどうしようもなくそこにいて、相手とがっぷり関係しながら、できごとの内側でどうにか相手を見ようとしていくしかない。

 その後、われわれの間では、「最悪しゃべってもいいが、無視する」に替わる新しい取り決めがなされた。すなわち、「最初に、この一週間にあったしゃべりたいことを、できるだけ全部話し切る。もしどうしても新しく思い出したときには、メモをして一回忘れる」。これによって、彼女のおしゃべりはどうにか「メモメモ」だけにおさえられ、そのおかげというわけでもないが、中学受験は無事に終わった。音声情報と文字情報の得手不得手なんてややこしいことを考えるまでもない、ちょっと拍子抜けする解決だった。
 しかしよく考えてみれば、浮かんでくる雑念をどうにか払い去って目の前のことに集中しつづけるなんて、わたしでもむずかしい。したくなったことをメモして一旦速やかに忘れるというハックをわたしが身につけたのは二十歳を越えてからだ。勉強を教えながら、そういう、生き方というほどではない、こなし方、みたいなものを、ちょっとずつ伝授している気分になることが、ときどきある。そして、そういうものについて話しあうために、見かけ上勉強を教えているふりをしているのだ、とさえ思うことがある。

(※エッセイに出てくる人物名は仮名です)

不足(台所で書いた詩)

ヤムウンセン という タイのサラダを食べようと思って ほとんど作りおえたところ ピーナツがないのに気づく 家じゅうをウロウロした挙句に もっともピーナツらしかったのは 朝食用のグラノラに含まれている くるみだった アルミ…

ヤムウンセン
という
タイのサラダを食べようと思って
ほとんど作りおえたところ
ピーナツがないのに気づく
家じゅうをウロウロした挙句に
もっともピーナツらしかったのは
朝食用のグラノラに含まれている
くるみだった
アルミ袋に手をつっこみ
指で押し麦とドライフルーツとを識別して
くるみだけを一粒ずつ摘出
不完全なヤムウンセンに
一粒ずつ乗せて
完全な
ヤムウンセンになりますように
なりますように
脳のひだひだに換気扇がしみてくる
これは
なにのシーンだろう
愚かさか
あるいはいかにも生活者らしい聡さか
まずしさだろうか
不足への抵抗か
むしろ 服従なのか

タイはまだ夕方
わたしと同じ年の
タイの女の子が
くるみを摘まみ出す手つきをみたら
笑うだろうか 気を害すか
べつにどうでもいいと思うのか

完全な まいにちに
なりますように
なりますように
タイフードらしからぬ
かといって郷愁も呼ばない
メープル臭たちのぼる

ホームページを開設しました

向坂くじらです。ホームページを開設しました。 これまで、ウェブ上の発信はTwitterが主で、まとまった(140文字以上の)文章を載せたいときにはブログやnoteあたりを使ってきたけれど、またウェブマガジン上でエッセイを…

向坂くじらです。ホームページを開設しました。
これまで、ウェブ上の発信はTwitterが主で、まとまった(140文字以上の)文章を載せたいときにはブログやnoteあたりを使ってきたけれど、またウェブマガジン上でエッセイを連載させていただいたりもしたけれど、いつからか、文章や詩を発表するための自分の場所がウェブ上にほしいと思うようになった。
自分が公開した文章がウェブ上にアーカイブされるのはうれしい。けれども、それがプラットフォーム側のサービス終了で簡単に消えてしまうことには危機感を覚える。その危機感が、企業が運営しているにすぎないあるサービスへの依存につながるのはいやだ。それから、いまWeb上では動画や音楽が無料で公開されまくっていて、良くも悪くもかもしれないけれど、ともかくたくさん消費されているのがうらやましい。広告収入は入らないとしても、詩でもそれをやってみたい(これに関しては、「Crossroad of word」「抒情詩の惑星」など、わたしも好きなWebサイトもすでにいくつかある)。
そしてなにより、書く形式のことだ。書く以前の思考のこと。一億総発信時代なんていわれる今、誰でも無料で、すぐに、書いたものを発表することができる。わたしも書くワークショップやなんか作っていて、多くの人がふらっと(スマートフォンで写真を撮ったり、鼻歌うたったりするように)書くようになる、というのはよいことであると思っている一方で、このところ、書くためのプラットフォームのほうに言葉が規定されているようなのが気にかかる。”バズる”ことを第一としたつまらない文章ばかりが書かれるようになる、というのもそれはそれで課題であるとして、それ以前の、言葉になるにいたるまでの思考のほうが、「Twitter投稿的な思考パターン」「note投稿的な思考パターン」というものに侵食されてくるように思える。
わたしはTwitter中毒の十年選手なのであんまりTwitterを悪者にしたくはないけれど、長い文章を読み書きする時間がないときに片手間でTwitterばかり見ていると、考えごとがちょうど140字あたりでひと呼吸置いてしまうようになってくる。さらにはスケールばかりではなく内容まで、Twitterでよく見かけるフォーマットのようなものに漸近していく気がする。あるウェブサービスの記事が、投稿者は違うのにみな均一にみえることがある。それぞれの言葉を書いているようでありながら、なにかお互い無意識に潮目を読み合って、大きく見るとひとつの方向にゆるやかに向かっていくような……「文章を書く」ではなく「noteを書く」「ツイートをする」という動詞を使うとき、そこですでに規定され、狭められているものがあるのではないか。なにか書こうとするとき、「そこで書くときの暗黙のお約束」のようなものは、文章そのものにとってはマイナスに作用するのではないか。

このごろは、多くの人が・多く書くこと=世の中に個人によって書かれた文章の総量が増えることを歓迎したい一方で、それは「だれもが手早く、簡単に書きはじめられる」ということの先にはないのではないか、と思うようになった。
ワークショップでわたしはよく「言葉の表現は、絵や音楽や写真に比べて、元手がいらないところ、すぐはじめられるところが強みです!」と話す。けれども同時に、手軽さに飛びつきすぎず、ゆっくりと、遠回りをして、ひとりではじめる、ということが、他の誰かではなく自分自身が書く値打ちのあるだけの文章を書くための、そして長く書きつづけていくための道であるように思う。

ということで、さしあたっては自分が、Web上のほかの誰もいないところでぽつぽつと書く、というのをはじめてみることにした。
お知らせや教室の情報だけではなく、エッセイや詩も載せていくので、よろしくおねがいします。

★ホームページの開設にあたり、こちらのおふたりに担当していただきました。「詩とエッセイを両方載せたいので縦書きと横書きを選べるようにしたい」「一度読み始めたらなるべくいつまでも読みつづけたいので、トップページを無限スクロールにしたい」というわたしの要望を叶えてくださったおふたりです。ありがとうございます!

Design:Shouta Kanehara
https://go-on.work

Coding:Satoshi Kimura
https://twitter.com/Skimm19138286